小さな背中に捧げる恋のうた
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「ところで、呪いのことなんですけど……」
 桐生さんが膝の上で穴だらけの写真をいじりながら、本題に切り出してきた。いつもべそをかいているような双眸が、僕の心に真綿のようにからみついてくる。
「ねえ、ちょっと写真貸して」
 僕は桐生さんの言葉とすがるような視線を断ち切るように、片手を突き出した。
「え、あ……どうぞ」
「ありがとう」
 ベンチのわきに設置された街灯の下で、僕は初めて桐生さんの憎き相手をまじまじと見ることができた。
 カメラに向かってピースをしているのは、制服姿の女子中学生か高校生。
 赤いリボンが胸の谷間にそって変形していて、スタイルは桐生さんの何倍もよさそうだ。でも、よく見ると、胸周辺に針で空けたような小さな穴がいくつも存在していた。気にしていたのか、桐生さんよ。
 ちなみに僕はマザコンだから、巨乳派だ。でも、最近ちょっとロリコン気味(桐生さん限定)なので、貧乳も気になります。
 肝心の顔の部分は、さっき学校で見たとおり、執拗なまでに釘で貫かれていて、被写体の面影さえもわからない。
 ただ、桐生さん追いつめられてるなー、ということはすごくよく分かった。もしかしたら呪いが、すでに相手に届いているかもしれない。
「なんで恨んでいるの?」
 詳しくは説明しなくてもいいから、と付け加えると、桐生さんはきわめて完結に答えてくれた。
「中学の頃、いじめられました」
 迷いのない、きっぱりとした口調。ちらりと桐生さんに目をやると、緊張気味の表情にあまり変化はみられなかった。
「ああ、やっぱり……」
 僕は思わず大きくうなずいてしまう。隙が大きいからいじめられやすそうな子だなぁ、とは思っていた。
 そもそも、十代半ばで同級生を呪う理由に、いじめ以外はなかなか思いつかない。「痴情のもつれ」の可能性もあったかもしれないけど、桐生さんに限ってそれはなさそうだ。
 ちなみに、どういう風にいじめられたのかは訊かない。呪いにとって重要なのは過去に起こった出来事ではなくて、今現在抱いている感情だ。
 わざわざ昔のことを思い出してもらって、腹を立てたり、悲しくなったりする必要はない。今の僕には、桐生さんの過去も感情も受け止められる覚悟も気合いもないのだから。
 ……とかいいつつ、僕は桐生さんの暗黒面をのぞき込んでみようと思う。マゾなんです。ということにしておいてくれ。
「……憎いですか?」
「えっ?」
 僕の問いに、桐生さんは目をぱちくりさせた。
「この人、憎いですか」
 写真の被写体を指さし、僕は桐生さんの顔をのぞきこむ。
 唐突に心の内側に踏み込むような質問を始めた僕に、桐生さんは少し怯えたような視線を返してきた。だけど、黒い瞳の奥には、真っ赤な炎が蛇の舌のようにちろちろと揺らめいているのが見えた。ような気がする。
「……すごく、憎いです」
 桐生さんはうつむいて、自分のつるつるとした膝頭をじっと見つめた。ただ、声音は重く、はっきりとしていた。
「どれくらい?」
「……思い出したら、際限なく怒りと悲しい気持ちがわき上がってくるくらい。さっきも、学校であの人の顔を見たら、自分の喉をかきむしって指を貫通させて吐血して、その血をあの人の顔に塗りつけて顔の皮膚を灼いて頭蓋を浸食して脳みそまでじわじわ溶かして殺したくなりました」
 静かな口調だった。何度も何度も、今口にしたような妄想を繰り返してきたのだろう。僕のよく知る彼女も、ひたすら怒りを憎しみを妄想という名の呪いに変換していた。


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