小さな背中に捧げる恋のうた
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 僕はわななく身体を必死で抑えながら、乾き始めた冷たい唇をぺろりとなめる。
「桐生さんは、見らてしまっては困ることをしていたのですか?」
 ……下手な和訳をした英文みたいな、ぎこちない口調になってしまった。しかも、質問に質問で返してしまった。僕も人が悪いな。
 おそろしく素直で正直だと思われる桐生さんは、ぶら下げていた金槌を胸のあたりまで持ち上げて、首をがくがくと縦に振った。肯定の意味なのだろうが、首肯というよりもヘッドバンキングに見える。ムチウチになりそうだ。
「わたしがしてたことは、見られちゃ困ることなのです! 見られると、呪いがわたしに返ってきてしまうのです!」
 桐生さんが、必死の形相で胸元の金槌を両手で握りしめた。少し声が裏返っている。
 反対に、僕は徐々に冷静に戻りつつあった。目の前に混乱した人がいると、かえって落ち着くものだ。
「ああ、やっぱり呪いだったのか」
 理性喪失の淵に立たされている桐生さんに襲われないか注意しつつも、横目で木の幹に釘で打ちつけられた写真を確認する。
 青紫の薄闇の中では少し見にくいが、写真には女子生徒が一人で写っているようだった。顔のあたりは釘がぐちゃぐちゃに打ちつけられているから、だれなのかは判別できない。
 だけど、被写体の女の子は長い茶髪のようだから、少なくとも桐生さんではないことは確かだ。
 視線を戻すと、まだ桐生さんは気が狂ったように、二つ結びの髪を激しく揺らしていた。なんだかようじょをいじめている気分だ。同級生だけど。
「ど、どうすればいいですか?! わたし、返ってきた呪いで顔がぐちゃぐちゃになって、死んじゃうかもしれません……!」
 なるほど、桐生さんはターゲットの顔がくずれて死ぬことを望んでいるのですね。
 ……なんて悠長な返事をする前に、桐生さんは僕につかみかかってきた。
 ボタンを開けっぱなしにしたブレザーの両裾を思いっきり引っぱられて、僕は思わず「ぐうぇ」などと無様な声をあげながら、前屈みにさせられてしまう。
「助けてください!」
 学校の中庭の片隅が、世界の中心になった。愛は叫んでいないけど。
 ……いや、最近の流行はせかちゅーじゃなくて恋空か。
 というわけで、ちょっと苦しい体勢だけど、流行に乗ってみよう。
「……き、君は幸せでしたか?」
「不幸でした!」
 だろうね。
 だって、呪い殺したいほど憎い相手がいるのだから。
 目の縁を赤くして、必死できりんさんの首を曲げさせている桐生さんに、僕はそっとほほ笑みかけた。
「じゃあ、僕が助けてあげようか」
 自分でもびっくりするくらい、優しい声が出せた。ちょっとした詐欺なら、余裕でできるかもしれない。
 桐生さんも驚いたようだった。元から丸い目が、さらにまあるくなって、目尻に浮かんでいた一気に涙が薄くなる。
「き、きりんさん? ……いいの?」
 年齢不相応な高い声が、震えていた。
「もちろん。だって、『桐生さん』と『きりんさん』は響きが似てるよね。これもなにかの縁じゃないかな?」
 我ながら、わけのわからない理由だ。
 本当は、桐生さんといっしょにいる口実が欲しかったからなのだけど、そんなこと正直に言えるはずがない。それじゃあまるで、告白じゃないか。もっとも、桐生さんは鈍そうだから、なんとも思わないかもしれないけど。
「それに、僕はふつうの人よりも、呪いには詳しいし」
 また思考がフリーズしまった桐生さんに、僕は自分の手札を少しだけちらつかせてみる。
 桐生さんはしばらくの間、僕をじっと見つめていた。僕もなにも言わずに、桐生さんを見つめ返していた。
 とまどいをはらんでいるのにも関わらず、強すぎる引力を持った桐生さんの瞳に視線を絡め捕られ、僕の胸は痛いほど苦しくなってきた。
「そ、それじゃあ……きりんさん、わたしにもっとよく効く呪いの方法、教えてくれませんか……?」
 今にも消えてしまいそうな、震えてしまいそうな声。だけど、桐生さんの表情には明確な意志が宿っていた。
 僕がうなずくと、ようやく桐生さんは控えめながらも笑顔を見せてくれた。
 かわいすぎて、死ぬかと思った。


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