小さな背中に捧げる恋のうた
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 まあ、それはさておき、そろそろいい加減僕の存在に気づいてほしい。
 僕は女の子を怖がらせないよう、極力優しい声音で話かけた。
「そろそろやめとかないと、だれかに見つかるよ」
 とか言いつつ、すでに僕に見つかってるんだけどね。と、自分で自分にツッコミを入れつつ、女の子の様子を見守った。
 ぴたり。
 女の子は金槌を振り上げたままもう片方の手を木の幹に当てて、まるで停止ボタンを押したようにすべての動きを止めてしまった。
 驚かしてしまった。わけではないと思う。
 自慢ではないが、母曰く、僕の声は柳の木の枝のようにやわらかく、しなやからしい。しかし、それは果たして褒め言葉なのだろうか。
 裏を返せば、張りがなくて、陰気くさい声ということなのでは……いやいや、なんでもないです。自意識過剰なのは僕の悪いところだ。
 そんなわけで、僕は母の良識を信じ、重ね重ね女の子に声をかける。
「帰るのが遅い先生も、学校を出る時間帯だし……用務員さんも見回りに来るんじゃないかなぁ」
 女の子の意識に、僕の言葉は届いているのだろうか。
 届いていればいいなぁ。たぶん届いていないと思うけど。いや、確実に届いていない。
 女の子はぜんぜん動かなかった。まるで、おそろしくリアルな造形の人形のようになってしまったようだ。
 小型とはいえある程度の重量があるはずの金槌を振りかざしているという、結構無茶な体勢だというのに微動だにしない。
 そろそろ腕の筋肉がぷるぷるしてきてもいい頃なのに。意外とマッチョなのか?
 僕は女の子の前に回り込んで、腰をかがめながら顔をのぞきこんでみた。
 長くて細い睫毛に縁取られた、ぱっちりとした目。それと小さな鼻と口。まっすぐに切りそろえた薄い前髪が、高校生とは思えないくらい幼い。
 ……やっぱり、同じクラスの桐生さんだ。名前を呼んだりとか色々したわりに、反応がなさ過ぎるけど。
 だれかを強烈に憎むあまり、うっかり魂が肉体を離れてしまったのだろうか? ならば、早急に連れ戻さなければ。
「おーい桐生さん、大丈夫?」
 とりあえず、桐生さんの目の前で、バイバイするように右手を振ってみた。
 濡れた真っ黒なビー玉みたいなうるんだ瞳に、僕の生白い手が映っている。よかった。まだ目は死んでいない。死んでいたらヤバいけど。
 しかし、僕の手の映像は彼女の脳に届けられているのだろうか。例によって、届いてない気がする。
 さて、どうしたものか。
 僕は少し考えた後、桐生さんの耳に口もとを寄せ、彼女のにおいをかごうとした……わけではない。
「……き・りゅ・う・さ・ん?」
 耳元で、そっと名前をささやいてみたのだ。
 桐生さんの耳が、ぴくりと反応する。目に光が宿った。
「んむふぉ?!」
 そして、彼女のお父様聞いたら「嫁入り前の娘が……」とせつなくなるような声をあげ、小さく跳び上がった。
 どうやら、効果てきめんだったらしい。
 桐生さんの身体のバランスがくずれ、周囲の空気を圧縮し、切り裂くように金槌が振り下ろされた。僕の顔のわきを、うなりを上げながら鉄の塊が通り過ぎていく。
 おそらく、桐生さんはすっごく驚いたのだろう。僕も一瞬、死ぬかと思った。


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