小さな背中に捧げる恋のうた
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 木に釘を打ちつけている生徒がいた。
 まだ硬そうな紺のブレザーが似合わない、髪を耳の横で結った小さな女の子。
 こちらに背中を向けているから顔はわからないけど、食いちぎりたくなるような細い首筋や、金槌を振り下ろす手首の華奢さから、きっとかわいい子であろうことが予想される。
 いや、実際にかわいいことを僕は知っている。
 大股で約六歩のところに立っている僕の存在に、女の子は気がついていないようだった。
 一心不乱に光沢のある紙のようなもの……たぶん写真に、妙に慣れた手つきでぶっとい釘を貫通させている。すでに五本以上も突き刺している模様。
 まさか技術家庭科の課題ではあるまい。というか、高校には家庭科はあっても、技術の授業はないはずだ。
 女の子のやっていることが僕の予想通りなら、写真の被写体に対する恨みは相当強いのだろう。
 いつもは気弱そうでいかにも小動物な表情の女の子が、今はどんな顔をしているのかすごく気になった。
 だけど、般若もびっくりな世にも恐ろしい形相だったら、夜中に一人でトイレに行けなくなってしまうかもしれない。しばらくは様子をうかがっていようと思う。
 あたりは静かだった。ただ、金属と金属のぶつかり合う音が、だれもいなくなった校舎と校舎のはざまで共鳴している。
 音はコンクリートをはね返る度に鋭い角を失っていくのだけど、それでも高音域の細かな空気の波は僕の耳に押し寄せて鼓膜を高速で震わせ、そして心臓の脈さえも乱す。
 静かに、だけど確実に僕は興奮していた。
 赤を通り過ぎて紫色の空の下で遭遇した(正確には校舎からずっと観察していたのだけど)、ちいさくてかわいい女の子。
 僕の接近に気づかないほど『儀式』に集中していて、周囲にある緑の草木が歪んで見えるほどに狂った気を発しているのだけど、ひどく無防備で、可哀い可哀い女の子。
 その無防備さに、いとしさがこみ上げる。ちいさくて、かよわくて、いとも簡単に壊せてしまいそうで。
 胸一杯にふくらむ感情をこらえきれなくなった僕は、一歩女の子に近づいた。わざと地面に落ちた木の葉を踏んで、足音を立ててみたけど、女の子の反応はなかった。
 だから、もう一歩前に出た。落ち葉を踏む。足もとから乾いた音がした。だけど、女の子はふり返らない。
 さらに、もう一歩。今度は枯葉のしげみに足をつっこんでみた。落ち葉を踏むよりも軽い音が、いくつも重なって聞こえる。さすがにこれなら気づくはず……気付かなかった。ちょっとへこむ。
 女の子は僕に対して無反応どころか、とうとう次の釘を取り出した。しかもブレザーのポケットから。
 錆びた五寸釘を、むき出しのまま持ち歩いているのか。なんていうか、ワイルドというか、無頓着というか。最近の女の子はよくわからない。
 それにしても、女の子は本気で僕の存在に気がついていないらしい。
 意識は完璧に木の幹と写真、釘、金槌にのみ分配されているようで、もし僕に対して知らんぷりを通しているとしたら、あまりにも見られていることによる動揺が感じられない。
 僕は呆れるのを通り越して、感心してしまう。鈍感にもほどがある。今までよく捕食者に食べられちゃわなかったな、と思うくらいの鈍さだ。
 ちなみに、僕のあだ名は「きりん」だ。こう見えても草食獣なわけだから、いくら背後を取ってるとはいえ女の子を食べたりしない。
 万が一、あだ名の由来が首の長い「キリン」さんではなくて、幻獣の「麒麟」さんだとしても、女の子にかみついたりはしないから安心してほしい。僕にはまだ変態さんの仲間入りをする気はないのだ。


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© NATSU
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