小さな背中に捧げる恋のうた
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しばしの静寂。
金槌が甲高い音を立てて、コンクリートの上に落ちた。桐生さんの身体から、力が抜けていく。
僕は桐生さんの腕を放し、代わりに両腕で桐生さんを思いきり抱きしめた。暴れたせいですっかり上昇してしまった体温が、制服越しに伝わってくる。僕の激しすぎる鼓動の音も、きっと桐生さんに聞こえているはずだ。
僕は肩で息をしながら、だまって桐生さんの様子をうかがう。
桐生さんは、僕の告白をどう感じた? 表情を見ることができないから、不安で仕方がない。
「……きりん、さん?」
僕があまりの緊張に押しつぶされそうになっていると、桐生さんがようやく、肩越しに振り返ってくれた。歪んだ視界の中でもわかるくらい、目を大きく見開いて、僕を見上げていた。
桐生さんの真っ黒な目を見つめ、僕はもう一度繰り返す。
「桐生さん、好きです……」
さっき絶叫したせいで、少ししゃがれた声になってしまった。
酸欠で頭がくらくらしているのに、心臓はいっそう激しく脈打っている。正直、気持ちが悪い。貧血で倒れるかも。
僕はどこまで情けないやつなんだろうか。こんな僕が味方であったところで、桐生さんにとって、なんの足しにもならないはずだ。
非力で、卑怯で、歪んでいて、救いようのないほど馬鹿な僕は、桐生さんの金槌以下の存在だ。
なのに、桐生さんは。
「ありがとう、きりんさん……」
桐生さんの大きな目が弧を描き、小さな口の端がつり上がった。ほほえんでくれたのだ。
「わたしもきりんさんが好き。優しいきりんさんが好き。すっごくすっごくいい人なきりんさんが好き」
桐生さんは小さな手を伸ばし、そっと僕の頬に触れる。相変わらず、熱くて湿った幼児のような手のひらだった。
「わたしは、きりんさんが大好きです」
幼い優さに満ちた桐生さんの声が、なんの抵抗もなく僕の心に浸透していく。
「だから、泣かないで」
……泣いている? 僕が?
僕はおそるおそる自分の目元に手を伸ばす。指先に、生ぬるくてぬれた感触。
「あれ……」
泣いている。僕が。
でもなんで? どうして? 悲しくもないのに?
……って、告白の際、気分が昂ぶりすぎたんだろうけど。ああ、情けないなぁ。
桐生さんはポケットからハンカチを取り出して、僕の頬をぬぐってくれた。金槌や釘だけじゃなくて、ちゃんと女の子らしい物も持っているのか。
「きりんさんはわたしを助けてくれたんだから、きりんさんの涙を拭いてあげるくらい、わたしにもできますよ」
桐生さんがにっこりと笑う。それを見て、涙で歪んでいた世界がふにゃふにゃと溶け出した。さっきから、涙腺がゆるみっぱなしだ。どこか壊れたかな、僕。
いや、元々壊れてるといえば壊れているんだけどさ。主におつむとか頭とか脳とか。病院に行くほどでもないけど。
次から次へとあふれ出る涙に気がついて、桐生さんが僕の目元をぬぐってくれる。まぶたをなでる、やわらかい布の感触。
目を開けると、先ほどよりも明瞭な世界が広がっていた。桐生さんのほほ笑みが、息も触れあいそうな距離にある。
僕の毛の生えた心臓が、小さな爆発を起こした。真っ赤な心臓が裂け、そこから漏れ出す熔けた鉄のような血液が、僕の胸をじわじわと温めていく。
桐生さんの笑顔が、僕だけに向けられている。桐生さんの心も、すぐそばにある。
そんな現実があまりに幸せすぎて、息が詰まりそうだった。窒息死するかも。
なるほど、これが噂の死亡フラグか。たぶん、いやきっと違うんだろうけどな。
「ありがとう……」
桐生さんにそう伝えるのが、今の僕の精いっぱいだった。