小さな背中に捧げる恋のうた
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携帯が壊れた。
ということを、学校帰りに桐生さんに告げてみた。
「どうしてですか? きりんさんの携帯、結構新しかったのでは?」
これでもか!というくらい激しく巻いたマフラーのせいでくぐもった桐生さんの声が、下の方から返ってくる。
「たぶん、落としたからなんだけど……」
「きりんさんでも、携帯落とすんですねー」
物をすごく大切に扱いそうなのに。と桐生さんが首をひねる。そうかなぁ、と僕も首をかしげてみた。
「桐生さんが金槌振り回した日に、僕に電話してきたよね? それで急いで桐生さんを探しに行ったんだけど、そのときに落としちゃって」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、別に責めているわけじゃないんだけどね」
僕は笑いながら、白い息を吐き出す。まだ晩秋に突入したばかりだというのに、異様に寒い。マフラーを装備してきた桐生さんは勝ち組だ。ブレザーさえも着ていない僕は負け組。北風が身に染みるけど、桐生さんの隣で笑いながら歩いているだけで、僕の心は暖かかった。好きな人といっしょにいられるという面では、僕は勝ち組だった。
「でも、この間思いっきり暴れたから、すっごく気分いいです」
桐生さんは歩きながら大きく肩を回し、伸びをする。ばきばきっ、と関節から破壊的な音がしたのは気のせいだろうか。気のせいであってほしいなぁ。
「……もう、呪いはいいの?」
言いながら、僕は桐生さんに告白したときのことを思い出した。頬が火照るのを感じながらも、平然を装う。
桐生さんは僕を見上げ、目をぱちくりとさせる。
「呪い……ですか?」
「ええ、呪いです」
僕が反復すると、桐生さんはあごに手をやり小さくうめいた。目が上を見ている。これは計算している顔だな。
「……なんか、本人に思い切り怒鳴ったら、すっきりしちゃいました。それに、他の誰かがあの人のこと呪っているみたいだし」
そう答え、桐生さんはどこか吹っ切れたような笑顔を僕に向けてきた。
不安と様々な激情を抱え、チワワのように震える桐生さんもいいけど、心の闇を捨て、快活で明るい子犬のような桐生さんもいい。
きっと、どんな桐生さんだって僕は好きなのだろう。それを言葉にする勇気は、まだまだぜんぜんないのだけど。
「あとね、今のわたしにはきりんさんがいるし。それだけでわたしは十分幸せです」
うわーうわー。
センチメンタルの秋らしく僕がポエミィになっていると、桐生さんは躊躇することなく、恥ずかしいことを言い放ってきた。
おかげで、僕は顔が爆発するかと思った。これは絶対、耳まで赤くなったはずだ。血管が膨張し切っている感覚がある。
僕は桐生さんに赤面しているのを見られないよう、少しだけ立ち止まった。
結局、告白したところで、僕の臆病な自尊心と尊大な羞恥心が邪魔をして、堂々とドキドキすることなんてできやしないのだ。
僕は長々と、熱くて白い息を吐き出した。全力疾走した後のように、脈拍が早い。
この調子では、桐生さんのそばにいたら、あっという間に寿命が来てしまうんじゃないだろうか。
まあ、それでもいいんだけどさ。桐生さんといっしょにいられるなら。
僕は、僕が立ち止まったことに気づかずに進む桐生さんを見つめた。一人で歩いていると、とっても頼りない後ろ姿。
「……僕も、桐生さんがいるだけでとっても幸せです」
さっきの桐生さんの台詞に対する返事を、今更つぶやいてみる。
間違いなく、桐生さんには届かない。でも、それでいい。それでいいんだ。
いつか、桐生さんに僕の想いを素直に伝えられるようになる日まで。
小さな背中に、ささやかな恋の言葉を捧げ続けよう。
小さな背中にささげる恋のうた
【おわり】
(2007/12/24)