小さな背中に捧げる恋のうた
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「だめだぁああああああああ!」
 僕は叫びながら、桐生さんの小さな背中に飛びついた。渾身の跳躍。
 気がついたら僕は桐生さんに到達していて、無我夢中で彼女の身体に腕を回して巻き付けていた。びっくりするほど華奢な身体だったけど、壊れるのを恐れて力をゆるめたりなんてしてはいけない。桐生さんが、網にかかった鮫のように暴れ始めたのだ。少しでも油断したら、僕という網は引きちぎられてしまう。
 必死で足に力を入れ、桐生さんの身体を強引に後ろに引きずり、巨乳さんから遠ざけようとする。
 桐生さんの身体によりいっそうの力がこもった。じりじりと後ろに下がりつつあった桐生さんの身体が、それ以上動かせなくなった。
 桐生さんは金槌を持った手を振り回し、恨みつらみを激しすぎる剣幕で巨乳さんに投げつける。
「あんたに二度も彼氏とられたせいで、わたしがどんな目で見られてたのか、知ってんの?!」
 叫びながら空いている方の手で僕の腕をつかみ、引きはがそうとする。
「わたしが二股かけてたからだとか、わたしが初めてじゃなかったからだとか、その他きりんさんがいるから言えないようなことが、いっぱい、いっぱい、いっぱい!」
 ああ、自分を止めようとしているのが僕だってこと、知っているのか。だったら暴れるの、やめてほしいんだけど。
 今にも僕の腕を吹っ飛ばし、巨乳さんに襲いかかりそうな桐生さんを、僕は強く強く引き留める。
 くそ、なんでこんなに力が強いんだ! 男のケンカを仲裁するよりも大変なんだけど!
「それで、わたしいっぱい嫌がらせされた! 机に変なこと書かれたりしたんだよ?! さすがに先生もあわてて、すごい剣幕でけさなくちゃいけない内容だった! わたし、死にたくなったもん!」
 桐生さんは止まらない。
「祐一も満谷君も、わたしが弱いから、あまりにも危なげだから『守ってあげる』みたいなこと言って、つき合ってくれたのに! どうしてどうしてどうして、何度もわたしの味方を奪っていくの?!」
 それは男の方も無責任だよ。どうしてこんなにかわいい子を捨てて、巨乳さんの方に行ってしまうのだろう。このいとおしむべき、ちいさな女の子を。
 ……そのわりには、力が強すぎるんだけど。
 僕のひ弱な肉体は、悲鳴を上げ始めていた。腕中の筋肉に乳酸がたまり、桐生さんを押さえつけていることが困難になってくる。
「きりんさんも、きっとわたしから離れて行っちゃうんだ! こんなみにくい姿を見ちゃって、絶対にどん引きされたはずだもん!」
 そんなことない! と怒鳴りたくなった。けど、声を出す余裕さえもない。貧弱すぎる僕は、全身の骨から筋肉から関節から、悲鳴を上げている。
 桐生さんは、僕の力がゆるみつつあるのを見逃さなかったようだ。突然激しく身をよじったと思うと、次の瞬間には僕の腕を引きはがしていた。
 引き留めようとする僕の力によって相殺されていた、自身が前に進もうとする力を利用し、桐生さんは動けなくなってしまっている巨乳さん目がけて飛びだす。
「だから、どうせ独りになるんだったら! あんたが、死ねばいいんだ!」
 叫びながら、金槌を振りかざす。
 僕は必死で、本当に死んでもいいと思いながら桐生さんに手を伸ばし、金槌を持つ手を掴もうとした。
「桐生さん!」
 僕の無駄に長い腕が、桐生さんの金槌をとらえた。
「僕は桐生さんから離れたりはしない! これくらいのことじゃ、僕は引いたりなんてしない!」
 鉄の塊が握り込まれ、興奮と運動で熱くなった僕の手のひらを冷やした。そのまま金槌を引き寄せ、桐生さんの腕を掴む。
「だって、僕は桐生さんが好きなんだ! そばにいるだけで死にそうになるくらい好きなんだ!」
 僕はもう片方の腕で桐生さんの身体を抱きしめながら、声の限り叫んだ。「好きだ」って、馬鹿みたいに大きな声で言ってしまった。だけど、なりふりなんて構っている場合じゃない。
「僕はずっと、君の味方だ! 君を絶対離さない!」
 のどが裂けてしまってもいいと思った。僕の声が、想いが、存在が、桐生さんに届くのならば。
 この身体なんて、弾けて粉々になってしまっても構わない。たとえ赤い命の残滓となってしまっても、桐生さんの正気をつなぎ止めることさえできれば――。


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