小さな背中に捧げる恋のうた
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 地獄のような光景が広がっていた。
 最近改装したばかりの真っ白なコンクリートで舗装されたゴミ捨て場は真っ赤に染まり、錆びた金属のにおいがあたりに充満していた。
 小さな屋外ステージにも見えるゴミ捨て場の中央には、無言でたたずむ華奢な女の子。右手には、血にぬれた小さな金槌。
 彼女は黙って前方に転がる人間を見下ろしていた。ビニール袋の山を枕にした、おっぱいは山盛りだけど、顔のなくなった別の女子生徒。
 ……手遅れだった。
 僕は全身から力が抜けていくのを感じ、その場に座り込んだ。生ぬるい涙が、外気にさらされ冷えつつある頬をこぼれ落ちていく。

 というのはもちろん嘘です。
 実際は、桐生さんと件の巨乳女子生徒が互いの胸ぐらをつかみ、般若もハスキー犬も裸足で逃げ出すような顔でにらみ合っていた。
 巨乳生徒の方が体格の面でははるかに桐生さんに勝っていたけど、さすがに片腕では桐生さんを持ち上げることはできないらしい。
 桐生さんも片腕を精いっぱい伸ばし、エベレスト級の胸に邪魔されながらも、頑張って巨乳生徒のリボンを引っぱっている。
 修羅場。なんて言葉が脳裏を駆けめぐり、僕はとっさに校舎の陰に隠れた。顔を半分だけ出して、剣呑な女と女の挙動をうかがう。
 巨乳生徒は桐生さんを掴む反対側の手で、紙切れのようなものを桐生さんの目の前に突き出した。
「この写真はなんなのよ! あたしはあんた以外に恨み買った覚えはないんだけど!」
 どうやら、紙切れは写真の欠片ようだった。さっきの桐生さんの叫びから推測するに、燃やされた巨乳さんの写真の残りなのかもしれない。
桐生さんは巨乳さんのから写真を奪い取り、地面に投げ捨てる。
「わたしだって、あんたの写真なんて買った覚えはないもん!」
 でも桐生さん、巨乳さんの写真を持ってたよね。買ったのではなければ、どうやって手に入れたのだろうか。
 桐生さんと巨乳さんはしばらくの間無言でにらみ合う。ぶつかり合ったが視線が火花を散らしているのは、気のせいだろうか。桐生さんも巨乳さんも、後で僕の記憶からデリートされそうな形相で、無言の攻防を繰り広げていた。
「っていうかあんたさっき『自分の得物は金槌だ』って言ったよね?! っていうことは丑の刻参りとかしてたわけ?! 最近妙に調子悪いんだけど!」
 先に言葉という弾丸をぶっ飛ばしたのは、巨乳さんの方だった。すぐに桐生さんも応戦する。
「丑の刻参りだなんて面倒なことはやってないもん! 最近流行の『イメージだけで呪いをかけちゃおう☆』ってヤツをやってたんだもん!」
 そんなもん流行っていません。
「やっぱあんた、あたしに呪いかけてたんじゃない! 早く呪い解きなさいよ! おかげで水虫かゆくてたまんないんだから!」
 み、水虫? 女子高生が?
「わたしはそんな呪いかけていない! っていうか皮膚科行け!」
 正論だ。
 それにしても、離れたところで聞いているのに、耳が痛くなりそうな怒鳴り合いだった。ついでに、頭も痛くなりそうな内容だ。
 僕は怒鳴り合う桐生さんと巨乳さんを観察して、なんだかなぁ、とため息をついた。
 この調子なら、わざわざ授業を抜け出してここまで来る必要はなかったかもしれない。どうみてもただの口げんかだ。正直、低レベルじゃないか。
 なんて、桐生さんにも巨乳さんにも殺されそうだから言わないけど。そもそも二人とも、僕がここにいることに気づいていないはずだ。
 そういえば、本当に桐生さんは巨乳さんにいじめられていたのだろうか。とてもそうは見えないのだけど……。
 桐生さんに対する疑問が、もくもくと頭の片隅に湧き出てくる。頭が沸いているのは元からです。
 僕の勘違いでなければ、桐生さんは巨乳さんと対等に渡り合っているような気がする。
 ……女の世界というのは、僕たち男にとっては不可解なことが多い。理解したくもないけど。
「はぁ……」
 気がついたら、無駄に大きなため息が僕の口からもれていた。そういえば、すごく疲れた気がする。桐生さんを探して、走り回ってしまったわけだし。
 このまま教室に戻るのもかったるいから、保健室にでも行って休もうか。おかげさまでくたくただ。
 心の中でなんだかんだ文句を垂れつつも、僕は胸をなで下ろした。
 そのときだった。


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