小さな背中に捧げる恋のうた
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 僕は通話終了ボタンを押した。
 恐ろしく物騒な言葉の途中で切れたのは、気のせいだろうか。気のせいじゃないかもしれない。っていうか気のせいじゃないだろ。桐生さん、金槌を持っていたし。
 僕は急速に血の気がひいていくのを感じた。軽いめまいに目元を押さえながら、携帯をポケットにねじ込む。
 くそ、保健室になんて行っている場合じゃない。早いところ桐生さんを見つけないと、大変なことになってしまいそうだ。桐生さんの小さな金槌が血にまみれるのは、時間の問題かもしれない。
 女子高生が同級生を金槌で撲殺だなんて、全国的なニュースになること間違いなしだ。中学生の頃にいじめられたとかその辺の理由で相手を恨んでいるらしいから、わかりやすい話題性ばっちり、ついでに猟奇性もばっちり。週刊誌のいいネタだ。
 いや、むしろ逆に相手に返り討ちにあっている可能性も……ってそっちの方がもっと大変じゃないか! 僕の桐生さんが死んじゃう!
 気がつくと、僕は再び走り出していた。早く、早く桐生さんのところに行かないと……。
 でも、どこに行けばいい? 屋内? 屋外? それとも女子トイレ?
 とりあえず校舎の中なら、相手の悲鳴やらなにやらで、だれかが気づいて駆けつけてくれるかもしれない。危険度が高いのは、屋外だ。
 でも、屋外のどこに行けばいい? 体育館裏、ゴミ捨て場、部室棟、テニスコート、弓道場……人気のないところなら、いくらでもある。
 考えながら走り続けていた僕は、昇降口で靴も履きかえずに外へと飛び出す。南中時刻を過ぎたとはいえ、午後の陽光がまぶしくて、少し目を細めた。
 昇降口から出ると、出てきた人の身体とは垂直に道路がある。左に曲がり、校庭の方に向かうべきか。それとも右に行って、先にゴミ捨て場を確認するべきか……。
 進むべき道について必死に悩んでいると、金切り声に近い叫びが僕の鼓膜を破らんばかりに、右耳に突き刺さってきた。
「だから、わたしの得物は金槌だって言ってるでしょ! あんたの写真を燃やすとか、そんな陰湿なことはしないってば!」
 ……桐生さんだな。間違いなく桐生さんだな。「金槌」って聞こえたし。
 っていうか「得物」って自分で言っちゃってるよ。むしろ桐生さんも相手の顔写真に釘を打ちつけるとか、十分に陰湿なことをやっていたくせに。
 僕は止めどないツッコミを心の中で連発しながらも走り出し、迷わずに右手に曲がった。さらにもう一度右に曲がると、化学実験室の前にゴミ捨て場がある。たぶん、そこで桐生さんが金槌片手でだれかともめているはずだ。
「桐生さ……っ?!」
 名前を呼ぼうとした僕の声帯が、「ひっ」と音を立てて凍りついた。


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