小さな背中に捧げる恋のうた
8/16

 僕は不思議な気持ちで、桐生さんを見た。
 僕が、いいひと? それはきっと、激しく誤解だ。
 だって僕は、桐生さんが相手を呪い殺した後にできるはずの心の隙間に、入り込むつもりなのだから。下心もなしに他人に親切にできるほど、僕はできた人間ではない。
 本当に無防備な子だなぁ、と僕は少しだけど呆れてしまった。高校生にもなってここまで素直だと、不安を通り越して恐ろしいものがある。
「ねえ、桐生さん」
「なんですか?」
「桐生さんは、本当に僕がいいひとだと思うんですか?」
 僕は自分でもどうでもいいと思うような疑問を、桐生さんにストレートにぶつけてみた。
 桐生さんは、僕のことを全然知らないくせに。という子供じみた理由で、ちょっとむっとしてしまったのかもしれない。
 そんなふうに感じるなら、ここで質問なんてせずに、少しでもいいから自分のことを話せばよかったのだ。僕は本当に馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うましか……。
 そういえばきりんって馬なのか、それとも鹿なのか。うん、心底どっちでもいいよな。だけど気になる不思議。
 僕の思考が迷走し始めたことなんてつゆ知らず、桐生さんは僕の手を取った。小さくて熱いてのひらが、僕の骨っぽくて冷えた指を包みこむ。
 赤ちゃんみたいな手だな……って、あ、耳から僕の思考が飛び出していった。
「きりんさんは、わたしにとって、とてもいいひとです」
 桐生さんは僕の目をじっと見つめて、はっきりと言った。「いいひと」って、もちろん「恋人」って意味じゃないんだろうなぁ。
「わたしがやったこと……呪いを否定しないでくれたし、ただのクラスメイトのわたしに、呪いの方法を教えてくれた」
 桐生さんは、僕の指先を温めるように両手でもみこむ。突然桐生さんに触れられたせいで、司令塔が停止し硬直していた身体が、指という末端部分からほぐされていく。
「きりんさんが、わたしにとっていいひとなら、それでいいんです」
 エゴを隠そうとしない、素朴な言葉。むき出しの「自分にとって都合がよければそれでいい」という考え。
 だけど、ひどく甘くて、虫歯のように僕の心を溶かしていく。桐生さんが欲しいがために、僕が吐き出した数々の優しい言葉も、こんな風にして桐生さんの弱味を浸食していったのだろうか。
「だからきりんさん、どうかわたしを、よろしくお願いします」
 ぎゅ、と桐生さんが僕の手を一瞬だけ強くにぎり、ほほえんだ。暗い中でもよく分かる、白いほっぺたに浮かぶえくぼ。
 笑顔で握手だなんて、反則だ。鼻血吹きそう。
「……うん、よろしく」
 そう言って桐生さんの手を握り返すので、精いっぱいだった。
 僕はやっぱり草食動物だ。桐生さん(子犬=肉食動物)に触れてるだけで、意識が吹き飛びそうなのだから。


||

© NATSU
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -