小さな背中に捧げる恋のうた
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 でも。
 なんで、自傷が伴うのだろうか?
 とっさに桐生さんののど元が傷一つなくて真っ白であることを確認し、少し安心したけれど、桐生さんが呪いのためにこれ以上苦しまなくちゃいけないという展開は、僕としてはあまり望まない。
 僕がほしいのは、桐生さんの笑顔なのだ。できることなら、心も。
「きりんさん……?」
 眉尻を下げた桐生さんが、黙り込んでしまった僕の顔をのぞきこんでくる。
 胸の奥から軋んだ音が聞こえた。急上昇した血圧に、心臓が内から膨れ肋骨にしめつけられる。
 小さな顔に浮かぶ心配そうな表情が、僕だけに向けられているという事実に、ちょっとだけなら死んでもいいかな、などと思ってしまった。ていうか、マジで死にそう。
「きりんさん、わたしの話をきいて、引きましたか?」
「いや、そういうわけじゃないから」
 僕は少しだけほほえんで、首を振った。穴だらけの写真を桐生さんに返しながら、声をひそめてつぶやくように伝える。
「ただ、ひたすらに相手の不幸を願ってください。負の感情を、邪念を、全身全霊で相手にぶつけてください。桐生さん自身が傷つくだなんて、エネルギーの無駄にしかならないイメージは避けて、相手を想像の中でこれでもかというくらい痛めつけてください」
 何度も何度も聞かされ、右脳に刻みつけられた内容をそらんじる。抑揚のない長台詞になってしまった。我ながら、呪文のようだと思う。
 桐生さんは怯えと期待が同居した表情を僕に向ける。
「そ、想像……?」
「そう。想像するだけでいい。道具なんていらない。今までずっとしてきたように、相手の顔をひたすら壊し灼き穿ち、やがて死にいたる妄想を繰り返してください」
「じゃ、じゃあ、写真も釘もいらないの?」
「いりません。必要なのはエネルギー源となる恨みと、出力装置である想像力だけ」
 それに、注意力のない桐生さんの場合、儀式だと誰かに目撃されてしまいそうだし。
 ……という余計なことはつけ足さずに、僕は真剣な目で桐生さんを見つめた。
 そう、僕はいたって真面目だ。僕の母親が、僕の父親を殺したその方法を、初めて他人に伝授しているのだから。
 幼い頃、母親に『コトリ』の話とともに教えられ、どのように活用すればいいのかわからないまま、脳の片隅に保存し続けてきた記憶。それが今、僕の恋の成就のために役立とうとしている。
「相手を呪うのに疲れてきたら、僕のところに来て。人に言えないようなことも、僕になら話せるし」
 ね? と僕が首をかしげると、桐生さんはすぐに頭を縦に振った。
 桐生さんと僕との、秘密の共有。いや、僕が一歩的に弱みを握っただけ。それを利用し、僕は桐生さんとさらに接近しようとしている。歪んだ方法とはいえ、桐生さんとだれよりも近しい関係になりたかったのだ。
「……でも、きりんさん。いいのですか?」
「なにが?」
「わたしなんかを助けてくれて……きりんさん、いいひとなのに」
 そう言って、桐生さんはうつむいて小さくなってしまう。


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© NATSU
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