04


不本意ではあるが、ヤクザの家に生まれ育った俺は幼い頃からその手の英才教育を受けていた。
他がどうかは知らないが、うちは、クスリはご法度、一般人・カタギには手を出さない、をモットーに人情に厚い古い考えを持つ組だ。

そして今日も今日とて、俺らの目を盗んでクスリの取引を行うという情報を手に入れたのでその現場に向かわなきゃならない。ヤクザだとバレてしまっては、元も子もないので、俺が持っている車や組で所有する車だと悪目立ちしてしまうため、本家にある唯一の普通車を使うはずだった。が、俺が今立っている駐車場に車がない。
今日は使うとあらかじめ言っておいたはずだと、オヤジに電話をしてみるが、出ることなく留守番電話に切り替わった。
面倒だが直接聞こうと、本家に入る。しかしオヤジは居なかった。というか、オヤジどころか明恵さんも雅修もおらず、こんな時間にどこに行ったんだと思いながらも、諦めてタクシー会社に電話をするが、なかなか繋がらない。もうこの時点で大分イラついていた。仕方なしにタクシーを拾いに駅へと向かった。

しかし結局タクシーも捕まえられず、おそらく20年以上は乗っていないであろう電車を使った。
たった4駅、されど4駅。歩くには少し遠い距離だが座席に座ることなくボーッと立っていると、優先席に座った今時のヤンキー風な若者が大声で電話を始めた。
言わずもがな、先ほどからイラついていた俺は思わず手を出してしまった。

電車を降りたタイミングで電話を折り返してきたオヤジ曰く、明日小学校の運動会がある雅修が熱を出してしまった為、明恵さんと共に急いで病院に向かったので車を使ったとのことだった。熱は大したことはなく、むしろ楽しみすぎることからの知恵熱ではと言われたらしい。可愛らしい理由に先ほどまでのイライラは消え去った。

そして、電車の中でイラ立つままに手を出してしまったことを、同じ車両に乗っていたサラリーマンが逃げるように電車から降りていき、その際に落とした定期を拾って渡したところで後悔した。



仕事の用事を終えて自宅に戻ったのはもう日が昇りきった朝の7時過ぎだった。
雅修の運動会は9時からだと聞いている。これは寝ている暇はないな、とシャワーを浴びて本家に向かった。

久々にガンガンと降り注ぐ太陽の光を浴びた。寝不足も相まって目を細めていると、昼前のダンス?のようなものを終えた雅修が満面の笑みでこちらに駆けてくる。オヤジはどこからどうみてもカタギに見えないので、校内に用意してもらった特別室から運動会を眺めている。そして明恵さんもそこに一緒にいるはずだ。
昼はそこで食べることになっているが、外で待つ人間が一人もいないのはかわいそうだと、この6年間は俺がその役割を受け持っていた。

「兄ちゃん!どうだった!?見てた!?」
「うん、見てたよ〜上手だったね〜」
「でしょ?すごい練習したんだ〜」

腰に抱きついてきた雅修を抱き上げる。大分重くなったなーと感心するも、キラキラとした笑顔は昔と変わらず無邪気なままだ。抱き上げるのも、小学生のうちまでたろうなと、しみじみしていると、尻ポケットに入っている携帯が震えた。今日は雅修の運動会だと組の人間は知っているので絶対に連絡をしてこない。だとすれば、3階の窓からこちらを見るオヤジからの「早く雅修を連れてこい」という催促だろう。

「オヤジと明恵さん待ってるから、行こうか〜」
「うん!今日のお弁当、母さんが作ってくれたんだよ〜」
「おー、よかったね〜」

俺の腕の中から降りた雅修に腕を引かれて、オヤジと明恵さんが待つ部屋へと向かった。

そして昼食をとり、リレーやら何やらを終えて13時半には閉会式が終わった。
俺が小学生の時は15時くらいまでやっていたような気もするが、今の時代、熱中症対策だとかで短くなっているらしい。組の人間に送ってもらった俺だったが、どうやらオヤジと明恵さんと雅修が今度は迎えを呼んで、明恵さんの実家に向かうらしいので、オヤジ達が乗ってきた車で帰ることになった。

俺も行こうと誘われはしたが、向こうの家からすれば俺は他人だし、寝不足のためにほとんど昼を食べられなかったせいでだいぶ腹が減っている。さらにそれに加えて、すぐ自宅に戻って寝たいというのが正直な今の気分だった。なので、丁重に断って適当に何か買って帰ろうと一番近くにあったコンビニに向かった。

そしてそこで、昨日定期を拾って渡したサラリーマンと再会した。明るい陽の下で見る彼は、昨日よりもだいぶ顔色が悪く見えた。青白い顔をしてベンチに座る彼に声をかけると、小さい声ながらもちゃんと返事をしてくれた。

いい歳こいて電車内でキレたところを見られて、恥ずかしく思わないわけでもないが、なんだか放っておけない雰囲気に距離を詰めて話しかけると、彼は今から昼を食べに行くと言った。
それに反射的に、ご一緒しません?と誘うと、戸惑いながらも受け入れてくれた彼に好印象を持った。

行きつけの定食屋に連れて行き、メニューで迷っていた彼は結局俺と同じものを頼んだ。

それから名前と年齢を聞いた。名前は晴海 遼、歳は20代前半かと思っていたが、27歳だった。線が細いのと、目が丸っこいので幼く見えたのだろう。線が細い、というか、栄養が足りてませんという方が、しっくりくる気もするが。
はるちゃん、と勝手にあだ名を決めて呼んだが、少し嬉しそうにしていたのでそのまま呼ぶことにした。俺のことは下の名前で、と言うと渋々頷いてくれた。半田という名字はその界隈であまりにも知られ過ぎているので、これは彼のためでもある。

そして、黙々と食べる彼を観察し、時々ちょっかいを出しながら食べ終えて少し話してから店を後にした。

食事後に少し聞いた話から推測すると、多分ブラック企業か何かに勤めているんだろう。仕事の話を聞くと、眉間にしわを寄せて苦笑いをしていた。


家まで送ると言ったが、警戒心があるのかコンビニでいいと言った彼に従って、先ほどのコンビニに戻ってきた。安い値段でも彼の分も支払った俺にしっかりと頭を下げてお礼をする彼に、再び好感度が上がる。

おそらく、俺が普通の仕事をしていない、もしくはヤクザ関連だと気づいてはいるのだろう。それでも割と普通に接してくれる、疲れた顔をした目の前の彼とそれではまた、何か縁があればと言って終わらせたくないと思ってしまった。

車を降りようとした彼の肩を掴んだのは無意識だった。どうしようかと、悩んだ末に連絡先を聞くと何故だかショックを受けた顔をした彼に慌てて弁明する。また、少し無言になった彼だったが、最終的には首を縦に振ってくれた。

車から降りて路地へ入っていく彼を最後まで見つめてから、彼の名前が登録されたスマホに目をやる。なんで引き止めたのか、連絡先を聞いたのか、俺にもよくわからなかったが、これで偶然の再会ではなくていつでも会うことができるのだと思うと頬が緩むのを抑えられなかった。



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