05


尋之さんとコンビニで偶然再会し、昼を一緒に食べて、連絡先を交換してから1週間が経った。

仲良くなりたいと言っていた割にほとんど連絡は来ず、来たとしても、夜中に〈家着いた?ゆっくり休んでね〜おやすみ〉といった、大した返事を要さないものばかりだった。

PCを睨みつけ、残業を始めてからもうすでに3時間が経っている。6時が定時だが、その時間に上がれたのは入社して2、3日くらいだった。
2年上の先輩が使っている隣のデスクには、大量のエナジードリンクと栄養補助スナックのゴミが散らばっている。3日ほど家に帰れていないと言っていた彼は今、仮眠室にいる。このままでは、朦朧とした意識で大事なデータを消しかねないと、定時になるとともに消えた。初めは、1時間だけ眠ると言っていたが、一度ベッドで横になってしまったら最後、あと2時間は起きてこないだろう。

俺も少し休憩をしよう、とPCをスリープ状態にさせて自販機のある1階へと向かう。ずっと座っていたせいで固まった腰をグッと押すと、変に力が入ったのか肩に激痛が走った。ひ弱な自分に悲しくなる。

肩を揉み解しながら階段で1階に着くと、すぐ近くにある自販機でお茶を買って横のベンチに座った。

「あー・・・疲れた・・・」

独り言を漏らすが、誰もいないので、叱咤する声も、賛同する声も返ってはこない。思わず目を閉じて、1週間前の尋之さんとの会話を思い出す。本当に、あんなに人とゆっくり話したのは久々だった。
楽しかったな、と思うと同時に、なんで連絡をくれないんだ、と悲しくもなる。

あの時はそう思ったけど、翌日になってみて実際はそうでもなかったのか、とか、やっぱり何かのカモにしてやろうという魂胆なのか、とか色々考える。しかし、俺が連絡先を教えると言ったときの嬉しそうな尋之さんの顔を思い出して、すぐにやめた。

職業柄、きっと色々と忙しいんだろう。俺には全くわからない世界だし、正直、関わりたいとも思わない。と、頭の中で理解したふりをしつつ、やっぱり気になってポケットからスマホを取り出す。

尋之さんの連絡先を開いて、電話アイコンに指をやろうとするが、そんな勇気はなく、連絡先を閉じたところでスマホが震えて着信がきた。
驚いて手から滑り落ちたスマホを拾って画面を見ると〈尋之さん〉の文字が目に入った。
なんていうタイミングだ。画面を凝視して考え込んでしまったがすぐに我に返り、慌てて電話に出た。

「はい、晴海です」
〈はるちゃん、こんばんは〜。今、大丈夫〜?〉
「はい、大丈夫です。どうしました?」
〈ん〜元気かなーって。ちょっと俺忙しくってさ〜。会いに行こうと思ったんだけど、なかなか時間が取れなくて〜〉
「あ、そうなんですね・・・俺は元気ですよ。お疲れ様です」

1週間ぶりに聞いた尋之さんの声は確かに少し疲れているようだった。
忙しかったから連絡があまりできなかったのだと思うと、さっき考えてしまった内容に沈んでいた気持ちはすっかり消えた。

〈あ〜・・・はるちゃんの会社って、どこらへん?〉
「え、会社ですか?展望タワーのすぐ近くですけど・・・」
〈展望タワーか〜・・・30分?いや、20分後くらいに、ちょっと出てこれない?きっとまだ会社でしょ?〉
「あ、え?はい、まだ会社ですけど・・・来るんですか?」
〈うん、ちょこっとだけ〜。だめ?〉
「い、いえ、ダメではないです、けど。そんなわざわざ来ていただかなくても」
〈じゃあ、20分後ね〜もし帰れるようなら、カバン持っておいで〜?送ってあげるから〜じゃあね〜〉
「え、あ、・・・切れた」

最後は押し切られたような気がしなくもないが、人に合わせてなかなか決め切れない俺にはちょうどいいのかもしれない。そして『もし帰れるなら』という尋之さんの言葉が、とても甘い誘惑に思えた。時間はまだ9時を回ったところで、こんな時間に帰ったのはどれほど前だろうか。仕事は確かに終わっていない。でもそれは本当に俺の力不足だけが原因なのか。会社の仕事量の多さ、人員不足、理不尽で自分は定時にそそくさと上がる上司、考えれば考えるほど、俺が今ここで帰っても文句を言われる理由はないはずだ。

俺は先ほどたっぷり時間をかけて降りてきた階段を駆け上がった。

デスクに戻ると、隣の先輩は案の定まだ戻ってきていない。データを保存してPCの電源を落とす。
そして、周りでちらほらと残っている社員を横目に、カバンを持って会社を後にした。


会社が入っているビルを出ると、まだ人がそれなりに歩いていて感動する。普通の社会人と同じ活動時間に街にいることにワクワクしてしまう。軽い足取りで展望タワーに着くと、先ほどの電話から10分も経っておらず、どれだけ急いで来たんだろうと自分に笑ってしまった。

一人でニヤニヤしていてはただの怪しい人だと、少し俯きながら、タワーの下にあるベンチに座って尋之さんを待つ。
それから10分ほどして、再びスマホが震えた。

〈あ、はるちゃん、どこ〜?〉
「えっと、タワーのベンチのところにいます」
〈通り沿い出てこれる?中央通り〉
「あ、はい。向かいます」

電話を繋げたまま、大通りに向かう。この時間になるとタクシー以外の車はあまり通らなくなるそこに、1週間前に乗った、黒の乗用車を見つけて思わず早歩きになる。

車の窓越しに俺を見つけた尋之さんは電話を切って、こちらに手を振った。

「はるちゃん、久しぶり〜でもないけど、久しぶり〜」

助手席の窓を開けてそう言った尋之さんに、うなずきながら「お久しぶりです」と返して車に乗り込んだ。

「すみません、わざわざこちらまで来てもらってしまって」
「いいのいいの〜。俺が来たかったんだから〜。ていうか、はるちゃん、また一段と顔色悪くない〜?夕飯は?食べたの?」
「え、あ、夕飯は栄養スナックを・・・」
「栄養スナック?・・・だめだめ。そりゃそんな顔色になっちゃうよ〜。若いんだからもっと食べないと〜」
「で、すよね・・・でも今日は、もう帰るつもりで出てきたので家でちゃんと食べます」
「え!帰れるの!?あ、ほんとだカバン持ってる!じゃあ、俺と今から夕飯だね〜」
「・・・え?」
「あれ、嫌だった?だめ?」

突然言われた提案に疑問で返してしまい、また尋之さんに悲しそうな「だめ?」を言わせてしまった。というか、背もでかいし鋭い目つきだし、いかにもな風貌なくせに少し首を傾げて「だめ?」と言ってくる尋之さんは、大分あざとい。今日も、初めて見たときのスーツ姿では無いものの、黒のパンツに柄物のオープンカラーシャツといった格好をしている。そんな見た目に反した柔らかい話し方だったり、物腰だったりが、俗にいうギャップというのを生み出していて無下にできない。
じっと見つめて俺の返事を待つ尋之さんの誘いを断れるはずもなく、小さく首を横に振った。

「嫌、じゃないです。行きます」
「やったー、じゃあ決まり〜。なんか行きたいとこある〜?なければ俺のおすすめにするよ〜」
「特に無いです・・・おすすめでお願いします」
「はーい」

また嬉しそうに笑う上機嫌な尋之さんに、もしかして俺が断れないとわかっててわざとやってるんじゃないかとすら思う。まぁ、それがわかっていたとしても回避のしようが無い俺にはどうすることもだきないんだけど。

きっとまた、美味しいご飯が食べられると思うと鳴りそうになる腹を手でさすりながら、発車した車の窓越しに会社が入っているビルを見る。
俺の働く会社が入っているフロアだけ、すべての部屋に煌々と明かりがついていた。



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