03


コンビニからは少し離れて、駅に近づいたところにある定食屋は、平日であればサラリーマンなどで賑わっていそうな雰囲気だった。彼のイメージとはかけ離れたその店に思わず立ち止まってしまったが、横開きのドアを開けて入ってくのを見てすぐに後を追った。

「おばちゃーん、こんにちは〜」
「あらー!尋ちゃん!昼間に来るなんて珍しいわねー」
「弟の学校行事で近く来たから寄ってみた〜」
「そうなのねー。あら、後ろの人はお友達?」

親しげに話す彼の後ろで、小さくなっていた俺を見てこちらに笑いかける店員の女の人は年齢60歳くらいの普通の人だった。

「あ、えっと・・・」
「そーそー、友達〜。奥の席座っていーい?」
「いいわよー」
「ありがとー。ほら、行きましょ〜」

友達かと聞かれて戸惑っていた俺の代わりに軽く返事をした彼は、俺の腕を引いて、店で一番奥のテーブル席に座った。

「ここ、なんでも美味しいから好きなもん頼んでね〜」
「あ、はい。ありがとうございます」

メニューを差し出しながらそう言った彼は、頼むものが決まっているのか卓上にあるお冷を2つ注いでスマホをいじり始める。俺も早く決めなければとメニューを開くが、丼モノから定食まで幅広い内容になかなか決められない。しばらく迷っていたが、これでは埒が明かないと向かいに座って画面を見つめる彼に声をかけた。

「あ、あの」
「ん?決まった?」
「え、あ、いえ、その、何を頼むのかなって」
「あー、俺はねー、いつも日替わり定食なんだよね〜。決めるのめんどくさくって」
「なるほど・・・」

見ていたスマホをポケットにしまってこちらをニコニコと見つめながら答えた彼の言葉に少し安心した。俺はめんどくさいわけでは無いけど、なかなか決められないっていうのは同じなのかもしれない。

「じゃあ、俺も同じのでお願いします」
「おっけー。おばちゃーん、日替わり2つお願いします〜」
「はーい、ちょっと待っててねー」

明るい返事が返ってきたので、メニューを閉じて調味料の後ろに差し込む。
注文も終えて、手持ち無沙汰になってしまった俺は注いでもらったお冷にチビチビと口をつけながらテーブルの木目を眺める。そういえば、こうして食事をする流れになってしまったが、向かいに座る彼のことを何も知らない。唯一ある情報としては、おそらくヤクザだろう、ということだけだった。
まずは名前から、と顔を上げて口を開こうとしたがそれよりも先に彼が言った。

「お兄さん、名前なんていうの?年齢は?」
「あ、えっと、晴海遼、です。歳は27です」
「はるみ・・・はるちゃんか〜、てか、27なんだ!もうちょい下かと思った〜」
「そ、うですか?」
「うん」

地元にいた学生の頃、そんなあだ名で呼ばれていたこともあったと懐かしく思いつつ、今度は俺の番だと口を開いた。

「あなたのお名前は、なんですか?」
「俺?俺は半田尋之、32歳〜。尋ちゃんて呼んでね」
「ひろ、無理です無理です」
「じゃあ、百歩譲って、尋之さんね〜?苗字はちょーっと、恥ずかしいから〜」
「わ、かりました」

いきなり名前で呼ぶのはだいぶハードルが高いと思ったが、有無を言わさぬ彼の目を見て了承してしまった。
とりあえず、名前はわかった。しかし沈黙が流れるこの空間にどうしたらいいのかわからず、無意味にお冷のグラス周りについた水滴を指ですくったりしていた。
ちらっと盗み見た彼、尋之さんはテーブルに肘をついてこちらをじーっと見ている。その視線に緊張して、唾を飲み込んだ俺を見て「ははっ」と笑い声が聞こえた。

「そんな、怖がらないで?あー、まぁ、第一印象が良くなかったかなぁ〜」
「え、そんな、怖がっては、ないです」
「そうー?まぁ、あの時ちょーっとイラついてたからさー・・・ごめんね」
「いえいえいえ、謝られるようなことはないです!むしろ最初は注意できるのかっこいいなって思って見てたくらいです!」

あまりにも悲しそうな顔で尋之さんが笑うので、いらぬことを口走ってしまった。案の定、尋之さんはぽかんと口を開けている。だんだんと顔が熱くなってきて、視線を下ろすとようやく動きを見せた尋之さんの腕がこちらに伸びてきて俺の肩を掴んだ。

「そっかそっか〜、かっこよかったか〜、俺。たまには電車乗ってみるもんだなぁ〜」

うんうん、と一人で頷きながら俺の肩をポンポンと叩いた尋之さんは楽しそうに笑っていた。

「電車、乗らないんですか?」
「あー、うん。だいたい車移動だね〜。あの日は車がなくって、しかもタクシーも全然捕まんなくって。しかたなーく、電車乗ったんだけど、はるちゃんに出会えたからよかったよ〜」

まるで口説き文句のような言葉をゆるゆるの笑顔で吐き出した尋之さんは、スマホを取り出して画面を見ると「ちょっとごめんね」と言って店を出て行った。磨りガラスの戸越しに見る限りだと誰かから電話が来たらしい。最後の言葉になんと返せばいいのかわからなかった俺は、タイミングよくかかってきた電話に心から感謝をした。


電話を終えた尋之さんが戻ってきたのと同時に運ばれてきた日替わり定食は、アジフライ定食だった。衣はサクサク中はフワフワのそれを食べて、思わず「おいしい」と声を漏らした俺を見た尋之さんが「かわいいねー」とからかってきた。照れ隠しに黙々と定食を口に運ぶと、さらに笑われてしまった。食べ終えてから、また少し話をして、今は車で先ほどのコンビニまで送ってもらっている最中だ。

初めは自宅まで送ると申し出てくれたのだが、あのアパートの前の道は一方通行だし道が狭い。
お隣さんがいた時によく停まっていた高級車はアパートのブロック塀ギリギリまで寄せて停めていて、運転の上手さに感心したのを覚えている。
車内では、尋之さんに投げかけられる言葉になんとか返して、ようやくコンビニに着く。時間はもう17時近くになっていた。

「ありがとうございました。お昼もご馳走になってしまって」
「いーのいーの。俺が誘ったんだから〜」

定食屋の値段はだいぶ良心的ではあったものの、奢ってもらったことに変わりはないので礼を言うと、気にしないでと尋之さんは手を振った。

「それじゃあ、俺はここで・・・本当にありがとうございました」

車のドアを開けて降りようとしたところで、右肩をぐいっと掴まれ、再びシートに体が沈んだ。なんだ、と顔を向けると何かを考えているのか、尋之さんは肩を掴んでいない方の手で顎を摩っている。

「あ、あの・・・?」
「え、あー、ごめんごめん。んー・・・もし、嫌じゃなければなんだけど、連絡先、交換しない?」

俺が声を掛けると肩から手を離した尋之さんは、また少し考えてからそう言った。まさか、連絡先を聞かれるとは思わなかった。というか、なぜ俺なんかの連絡先が欲しいのだろうか。話した限りだと悪い人には思えないが、昨日の電車の中で見た彼が頭の中でチラつく。やっぱり、俺みたいに弱っている人間はいいカモだったのか。
定食屋に連れて行ってくれて、俺の緊張から遅れる返事を急かすことなく待ってくれた尋之さんに、少なからず心を開いていたというか、楽しかったと思っていた俺は自分で勝手にショックを受けた。

そんな俺を見て、尋之さんが慌てた様子で口を開く。

「あ!なんか、誤解してる?純粋に、仲良くなりたなーといいますか、ほっとけないなーといいますか・・・」

切れ長な目の目尻を下げて笑いながらそう言った尋之さんに、悲しかった気持ちが一気に浮上した。仲良くなりたいなんて、何年振りに言われただろうか。
もしかしたらこれは俺にとってチャンスなのかもしれない。
ただただ、働いて、終電で帰って落ちるように眠りまた仕事に行くだけの日々を変えるチャンス。昨日に引き続き、イレギュラーなこの出来事がなんだかすごいことのように思えてきた。

「わかりました。俺も、仲良くなりたいです」

普通の会社に勤めて、金曜の夜には同僚と飲みに行き休日は友人と遊ぶ、なんて暮らしをしていたら、おそらくヤクザか何かであろう目の前の人間と連絡先を交換しようなんて思わなかったかもしれない。
それでも、実際はブラック企業に勤め、人間としての尊厳とは何かを毎日考えるほどに疲れ切った、しがないサラリーマンな俺は、気づけば首を縦に振っていた。

「え!ほんとに!?うわぁ・・・おっけーされるとは思わなかったなぁ〜・・・ありがとう」

少し不安は残ったが、本当に嬉しそうに笑う尋之さんを見て、まぁいっか、と俺はポケットからスマホを取り出した。



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