02


昨日歩き疲れて風呂にも入らずに寝てしまった俺は、目覚ましをセットするのを忘れていた。14時過ぎに目を覚まし、飛び起きてスーツに着替えたところで思い出す。そうだ、今日は久しぶりの休みだった。
急いでいたせいできつく締めてしまったネクタイを雑に取って放り投げ、そのままベッドへ倒れ込んだ。

スーツにシワがついてしまう、頭で理解していても気が抜けた身体は思うように動いてくれない。本当に完全な休みは久しぶりだった。午前だけの半休を貰うことはあっても、午後から終電まで働いていたので実質休みなんてなかった。

しばらくベッドでだらだらとしていたが、せっかくの休みを寝て終えてしまうのは少し勿体無い気がする。それに腹も減った。12時間以上眠っていた身体は少し重いが、スーツを脱いで寝巻き以外で着る久々の私服に着替える。そしてまずは腹を満たそうと冷蔵庫を開けた。しかし、中にはろくなものが入っておらず、唯一あった食べ物のヨーグルトは賞味期限をゆうに半年ほど過ぎていた。

諦めて冷蔵庫を閉め、カバンから財布を取り出して家を出た。

アパートから徒歩5分の距離にある牛丼屋に向かうが、久々に浴びる昼すぎの強い日差しに頭がぐらぐらする。道中にあったコンビニに入って水を買い、店先にあるベンチに座って休憩を挟んだ。
まさか、たった5分の距離で休憩を挟むことになるとは思わなかった。
自身の体力の無さにうなだれていると、ベンチ横にある灰皿のそばに立つ、人の気配を感じた。何気なく、そちらに視線を送ると、なんと驚いたことに昨夜電車で見たあのヤクザであろう男が立っていた。服装はTシャツにジーンズと、昨日とは全く違う雰囲気だったが一度見たら忘れられないあの目はまちがいなく彼だった。

思わず、ジリジリとベンチの端に移動すると、チラッと男がこちらを見て「あ」と声を上げた。
しまった。気づかれるくらいなら動かなければよかったと、後悔してももう手遅れだ。

「昨日のお兄さんじゃないですか〜。よく会いますね〜?」
「あ、はい・・・」
「ちゃんとお家帰れましたか〜?」
「はい、すみません・・・あ、昨日は、ありがとうございました」
「いえいえー、むしろ追いかけて渡すとか全く考えてなかったので、改札のところにいてくれて助かりましたよー」

ニコニコと笑顔で話す男は、服装と柔らかい話し方も合間ってか昨日ほど怖さを感じなかった。むしろ、長い手足がスーツの時よりも目立ってまるでモデルかのように見える。昨夜の出来事がなければ、かっこいい男性だという第一印象で終わっていただろう。
礼を言って頭を下げた俺に、ふふふと笑みをこぼしてタバコを消した彼は大きく伸びをしてこちらに近づいてきた。

なんだと身構える俺を気にすることなく隣に座った彼は、背筋を異常に伸ばして座る俺の顔を覗き込んでまた笑った。先ほどとは違い、なんだか少し困ったような笑顔だった。

「え、っと・・・なん、でしょうか・・・?」

かなり挙動不審だという自覚はあった。男として情けないかもしれないが、流石にヤクザとこの距離で話すのは誰でも緊張するだろう。彷徨わせていた目線をようやく隣に向けると、膝に肘をついて顎に手をやった男が口を開いた。

「いや〜、すごーく、顔色が悪いなーって。大丈夫?お兄さん」
「え?あ・・・はい。大丈夫です」
「そう?ならいいんですけどねー・・・今からどこか行くんですか〜?」
「あ、えっと、食事をしに、行きます」
「え!」

馬鹿正直に答えた俺の言葉を聞いて、突然大きい声を出した彼に思わず身を仰け反らせる。さらに彼は俺の手を握ってずいっと顔を近づけてきた。

「ご一緒しません?ていうか、してもいいですか?・・・だめ?」
「え・・・え?」

突然の申し出に、驚きすぎて言葉を失っていると、男の雰囲気がシュンと落ちた気がした。なんだか申し訳ない気持ちになり、慌てて首を縦に振った。すぐに後悔したが一気に明るくなった男の顔に、まぁ食事くらいはいいかとすぐに思い直して笑い返す。

「わぁ、お兄さん、笑ってた方が何倍もいいですねー。じゃ、行きましょー」

立ち上がった男はすぐそばに停めてあった黒の乗用車に近づいて助手席のドアを開けた。

「はい、どうぞ〜、乗ってください」
「あ、え、車、ですか?」
「そーですよ〜。あ、嫌でした?車酔いひどいとか?」
「い、いえ、そんなことは・・・お邪魔します」

一緒に食事をすることを承諾してしまった上に、車のドアを開けて待つ彼を無下にできず、車に乗り込むと「閉めまーす」と言って運転席に素早く彼は乗り込んだ。

「なんか食べたいものとかありますー?あ、何食べに行こうとしてました?」
「特には・・・近くにあるので牛丼屋にでも行こうかと思ってました」
「牛丼かー・・・なんだか、お兄さんにはもうちょっと栄養のあるものを食べさせたい気がします〜」
「あ、そう、ですか?」
「うんうん、顔色良くないですしー・・・さっぱり系で栄養・・・俺がよく行く定食屋じゃ嫌ですか〜?」
「いえ、嫌じゃないです」
「じゃ、決まり〜!シートベルトしてくださーい」

ご機嫌な様子で車を発進させた彼は、慣れた手つきで道を進んでいく。いつもコンビニで適当に買って食べている為、しっかりとした食事は久々だ、と、俺も少し心が弾んだ。



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