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「半田さん!え!なんで、お久しぶりです!」

パッと表情を明るくしたイトウさんはそう言って尋之さんに駆け寄った。
こちらに向かっていた足を止めて、嬉しそうに笑った尋之さんの顔に、思わず俯いて視線を逸らした。

「待ち合わせで〜。元気そうで何よりです〜、イトウさん。その後、大丈夫でしたか〜?」
「はい、あの、直接お礼も言わずで、すみませんでした・・・」
「いえいえ〜、俺がカジノさんに大丈夫だと伝えたんですから〜」
「でも、本当に、お世話になりました」

耳に入ってくる会話に、どういう関係なんだろうと気になりはするものの、なかなか顔を上げられずにいると、目の前の椅子が動いたのが視界に入る。

「はるちゃん、ごめんね〜。お待たせ」

ゆっくりと顔を上げると、眉を下げて笑う尋之さんが、首に巻いたマフラーを取りながらそう言った。今日はスーツ姿ではなく、ゆったりとしたスラックスにニット、その上にモッズコートを羽織っている尋之さんは一段とかっこよかった。でもやっぱり、彼は陽の光より、月明かりだけの夜の方が似合っているとも思った。

「いえ、全然、だい、じょうぶです」
「そう〜?あー、お腹空いちゃった。はるちゃんは何か食べた〜?」
「あ、サンドイッチいただきました」
「良かった〜。また栄養バーを食べてきたとか言われたらメニューに載ってるもの全部頼むとこだった〜」
「あ、はは」

上手く、笑えていただろうか。
先ほどのイトウさんに向けて嬉しそうに笑った尋之さんの顔が頭から離れない俺は、乾いた笑いを返してテーブルの下でぎゅっとズボンを握りしめた。

「んー、俺もサンドイッチもらおうかなぁ・・・イトウさん〜、サンドイッチとブレンド1つください〜」

メニューを持ちながら振り返って注文をし、イトウさんが「はーい」と返事をしたのを聞いてから、尋之さんはメニューを端に置き、肘をついて目を伏せた。
何か話さなきゃ、と勝手に焦る俺に気づいていない尋之さんは、深い溜め息をついて独り言のように呟いた。

「良かった・・・イトウさん、幸せそうで」

嬉しいような、悲しいような、そんな顔をする尋之さんに、俺は気づいてしまった。

きっと、尋之さんは、イトウさんが、好き、なんだ。

辛いけど嬉しい、そんな表情を浮かべるのは、きっと届かない思いと幸せでいてほしいと願う気持ちが混ざっているからだろう。やっぱり、俺なんかじゃ到底敵わない相手を思う尋之さんは、優しい笑顔で残酷な甘い言葉を俺に吐いた。

「はるちゃんに出会えて良かったよ。じゃなきゃ、ここに来ることもなかった」

好きな人に、好きな人に会えたから良かった、なんて言われた俺は、どういう顔をするのが正解なんだろうか。
悩んだところで、いまだに目を伏せて優しく微笑む尋之さんの目に、俺が映ることはないというのに。

喉がひくついて言葉を出そうとしてもなかなか上手くいかない。

失恋したと、昨日の時点で覚悟していたはずなのに。実際に目の当たりにしてしまえばその覚悟はなんて柔なものだったんだろうと後悔する。だから、あれほど、気づくなと自分に言い聞かせていたのに。
会えるだけでいいなんて安易な考えをしていた今朝の自分に、今の状態を見せてやりたかった。

「サンドイッチとブレンドです」

頼んだ物を運んできたイトウさんの声にパッと顔を上げた尋之さんの顔は、俺が見たことのない、慈愛に満ちた表情を浮かべている。

「ありがとうございます〜。わー、美味しそうですね〜」
「ふふふ、マスター自慢のブレンドとサンドイッチです。それでは、ごゆっくり」

軽く頭を下げたイトウさんを目で追った尋之さんを見つめる俺は、なんて滑稽なんだろう。
不毛な恋に、期待なんかしていなかったはずなのに落ち込んでしまう俺に、カップを持って一口、コーヒーを飲んだ尋之さんが声をかける。

「そういえば〜、はるちゃんとイトウさん、店に入ってきたときなんか話してたけど、知り合いなの〜?」

そう言ってサンドイッチを頬張った尋之さんに、また心臓がギュッと痛んだ。
それは、どう意味でですか。俺と、イトウさんの関係が気になるのは、イトウさんに害がないかを確かめるためですか。なんて、言えるはずもない質問をぐるぐると巡らせていると、口に入っていたものを飲み込んで「はるちゃん?」と不思議そうな声を出す尋之さんに、一度咎められたことのある取り繕った笑顔で答えた。

「その、元、お隣さんです。一ヶ月ほど前にイトウさんが引っ越してしまったので、今は違いますが・・・」
「え!そうなの!?あ〜・・・まじか〜はるちゃん、あのアパート住んでんだ〜」

何気なく言った尋之さんの言葉に、再び胸が締め付けられる。
あのアパート、と言ったということは、彼はイトウさんの家を知っているということだ。つまりは、家にお邪魔までする関係、なのだろう。

それから、不自然に話さなくなったであろう俺に気を使いはしたものの、いつも通りに世間話をしたり、ぎこちないだろう笑顔を向けても、この前の公園でのように咎めたりしてこなかった。


イトウさんが店に戻ってきてから、だんだんと混み始めた店内に、尋之さんが食べ終えるのを待ってから間もなく店を出た。2人分の支払いをしようとした彼をなんとか止めてお金を受け取ってもらったせいで、機嫌の悪そうな顔をする尋之さんをチラッと盗み見る。

もしかして、イトウさんに良いところを見せたかった、んだろうか。

だとすれば、申し訳ないことをしたとも思うし、なんでそんなことに協力しなきゃいけないんだとも思う。
どっと性格が悪くなったように感じて、自分が嫌になる。

その後も2人の間に流れる空気は微妙で、それでも帰ろうとは言わない尋之さんと少し街を歩く。

「はるちゃん、転職するの?」

口数が普段と比べて少ない尋之さんは、前を見ながら遠慮がちに口にした。
転職したら、普通のサラリーマンに戻ったら、あなたは俺と会うのをやめてしまうでしょう、と、くだらない思いとは裏腹に、少し考えるふりをしてから答えた。

「そう、ですね。もし、先輩、あ、事件を起こしてしまった人なんですけど、その人が全て悪いなんてことになったら、クビ覚悟で全部話すかもしれないです」
「あー・・・なるほどね〜。はるちゃんは、優しいね」
「そんな、優しいとかじゃなくて、見て見ぬ振りをしてきたせいで起こってしまったことを、また見て見ぬ振りをするのは、できないというか・・・」
「うん、それが優しいなって」

そう言って腕を伸ばした尋之さんは頭を撫でようとしたのだろう。無意識に反らせた身体に、ピタリと止まった尋之さんの腕は、宙で固く拳を握って降ろされた。尋之さんに、そんな気がないのはわかっている。でも、こうやって触れられてしまうと簡単に舞い上がって期待してしまいそうになる心が、どうしても触れられるのを拒んだ。

気まずい空気が流れてから無言で歩く俺たちは、周りからどう見られているんだろう。
高い身長に長い足でゆったりと歩く尋之さんの後をついていく平凡な俺。釣り合いが取れていないのは、自分でもわかる。


そして、時々話しかけてくる尋之さんに相槌を打ちながら街を散策をする。少し日が陰ってきたと時計を見ると16時を回っていた。夕方から仕事だと言っていた尋之さんはまた申し訳なさそうな顔をして謝ると、背を向けて帰っていった。

恋しいし寂しく思う、でも、さっきまでの息がつまるような空気が解消されてホッとする。
もう、二度と会わない方がいいのかも、と自嘲した笑みを浮かべて彼の背中を見送った。



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