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今朝、久々に家族と会話できたからだろうか、心が軽くなった俺は久々に繁華街へと出向いている。

家から一番近い駅の繁華街は、もしかしたら知人に会ってしまうかもしれないと、電車に乗って少し先の、初めて降りる駅周りの繁華街へと来た俺は、どこへ入るわけでもなく、ただブラブラと街を歩いていた。そして、昼前だからだろうか、人はそんなに多くなくて、そういえば今日は平日だったと、再認識した。
あんなことがなければ、絶対にこの時間に外を出歩ける日は来なかったんだと思うと複雑な気持ちにはなるが、家でずっと考え続けていても仕方がないと割り切って、明るい、日が照らす街を堪能した。

12時を過ぎたあたりで、ちらほらとスーツ姿のサラリーマンや流行の服を纏ったOLが増え始め、すぐに道が人で溢れる。人混みに慣れていない俺は、極力人の入りが少ない店を選んで入った。

少し分厚い戸を開けると、そこは昔ながらの喫茶店で、今時珍しくカウンターに座るかっこいいおじいさんがコーヒーを片手に新聞を読んでいた。まるでタイムスリップをしたかのような感覚になっていると、カウンターの向こうでコーヒーを落としていた、見た目頑固そうなおじさんが「お好きな席へどうぞ」と声をかけてきた。

軽く会釈をして一番奥のテーブル席に座ると、メニューを差し出したおじさんが笑顔で言った。

「お客さん、初めてだね」
「えぇ、はい。初めてです」
「俺1人で接客してると、あまり、一見さんが来ないもんでね。若い人が来てくれると嬉しいよ」
「あ、はい。素敵なお店ですね」
「ありがとう。決まったら声をかけてくださいね」

第一印象で頑固そうだと思ってしまったことを後悔するくらいに気さくなおじさんは、再びカウンターの奥へと戻っていった。
もらったメニューを開くと、軽食が少しとコーヒーの種類がたくさん並んでいる。全くコーヒーに詳しくない俺は、一番上にあるおすすめにしようと決めて、少し小腹が空いていたのでサンドイッチを一緒に注文した。

手を挙げた俺にすぐに気づいたおじさんは「おすすめね。今日の豆はいいのが入ってるから、お兄さん正解だよ」と言って嬉しそうにしていた。コーヒーが好きなんだと全身で表現する彼に、自然と笑顔になった。

少しして運ばれてきたコーヒーはとてもいい香りで、サンドイッチもパンが分厚く具材が豊富に入っていて、とても美味しそうだ。そして、オススメされたコーヒーはとても美味しくて、サンドイッチを食べ終えてからもう一杯注文をしてしまうほどだった。

少し、家からは遠いけど通ってみようかな、と思っていると、テーブルの上に置いていたスマホが光った。
カップを置いて目をやると〈尋之さん〉の文字。好きだと、自覚してから初めての会話に緊張するが、無視をする選択肢はなくて電話に出た。

「はい、晴海です」
〈はるちゃん〜、一昨日はごめんねぇ・・・〉

寝起きなのか、少し掠れた声の尋之さんに勝手に高鳴る心臓が憎らしい。起きてすぐに俺に電話をしてくれたのだと思うと、自覚してしまった俺は簡単に舞い上がる。

〈それで、ネットニュースで見たけど〜、結構すごいことになっちゃったんだねぇ・・・大丈夫?〉
「あ、大丈夫、です。仕事はしばらく休みですけど」
〈そっかぁ・・・ん〜?仕事休みってことは、今家にいるの?〉
「え?あ、いえ、今は外に出てます。少し、気分転換をしたくて」
〈そーなのね〜・・・そうだよねぇ。あ〜、夕方から、は仕事あるんですけど、少し会いませんか〜?〉
「え!あ・・・はい。大丈夫です」

思わぬ誘いに、大きくなってしまった声を抑えるために口に手を当てる。心臓が痛いくらいに鳴っていた。こんな、誘われただけで嬉しいなんて。
本当に好きになってしまったんだと、恥ずかしさと戸惑いとで黙ってしまった。すると、電話口の向こうで、ジッと音がして次には息を吐き出す音が耳に入った。コンビニの前で吸っているところを横目に見たことしかない俺は、尋之さんが薄くて大きいあの口でタバコをくわえている姿を想像してしまい、テーブルにゴンッと頭を打ち付けた。

なんで、上半身裸なんだよっ!

熱くなった顔で自分にツッコミをしてから顔を上げると、カウンターの向こう側で不思議そうな顔をしたおじさんと目が合ってしまった。
こんな妄想をしてしまったのはきっと、酔っ払って失態をさらした翌朝に上半身裸で眠る尋之さんを見てしまったせいだと、苦笑いと咳払いをして誤魔化した。

〈なんか、すごい音聞こえたけど、大丈夫?〉
「え、あ、大丈夫です!気にしないでください!」
〈そー?ならいいんだけど〜。で、今どこにいるの?〉
「えーっと、東上中駅の近くにある喫茶店にいます。名前は、喫茶・・・ノーム・・・?ノルム?」
〈あー・・・もしかして、n・o・r・m・e?〉
「そうです、知ってますか?」
〈うん〜、知ってる〜・・・おっけー、じゃあそこ行くね〜〉
「はい、待ってます」

どうやらこの喫茶店を知っているらしい尋之さんは、少し渋っているようにも感じたが、来ると言っていたので大丈夫だろうと電話を切った。

まだ残っている、ぬるくなってきたコーヒーを味わっていると、分厚いドアが開いて人が入ってきた。
無意識に視線をやると、そこにはなんと、先月引っ越して行った元お隣さんがいた。

「マスター、なかなか見つかんなかったです、これ」

紙袋を渡しながらそう言った元お隣さんから視線を外せずにいると、気づいたらしい彼がこちらを見て首をかしげる。
相変わらず、とんでもない美形だ。それに、あのアパートに住んでいた時より健康そうに見える彼は、とても幸せそうだ。

少し困ったように笑っていた彼だったが、突然、ハッとした顔をしてこちらに近づいてくる。
見つめてしまったものの、たまに会って挨拶をする程度だったので、何を言われるのかと俺はゆっくりと視線を逸らした。

「お隣のお兄さん、ですよね?」
「は、い。そうです。すみません、不躾に見てしまって・・・」
「まさかこんなところで会えるとは思いませんでした」
「たまたま、入ったんですけど、こちらで働いてるんですね」
「そうなんですよー、ここのオーナーと知り合いで。あ、何か飲みますか?」

キラキラとした笑顔で気さくに話しかけてくれた彼に「じゃあ、同じものを、もう一杯お願いします」と伝えると、頷いてカウンターの奥へと入っていった。

まさか、こんなところで再会するとは。
実は、引っ越す際に家に挨拶をしに来てくれたようなのだが、仕事で家を留守にしていたせいで会えなかったのだ。ポストに入れられた菓子折りと〈ありがとうございました。205〉と書かれたメモに肩を落としたのが記憶に新しい。

これは、絶対にこの店に通うべきだ。

先ほどは、うっすらと考えていただけだったが、絶対にそうしようと固く決心した。そして、しばらくして運ばれてきたカップの中身と眉を下げた笑顔の元お隣さんが放った言葉に、もう、ここのすぐ近くに住みたい、と思ってしまった。

「あのー・・・同じの、と言われたんですけど、マスターが、3杯目は胃に負担がかかると言って、勝手にロイヤルミルクティーに変更となりました。ごめんなさい」

おじさんの、マスターの気遣いに感動して「大丈夫です!ありがとうございます」と返したところで、再び店の扉が開いた。
振り返った元お隣さんが「いらっしゃいませー」と声をかけると同時に、聞こえてきた声に勢いよく顔を上げた。

「イトウさ〜ん、お久しぶりです〜。元気でしたか〜?」

待ちわびていたその人、尋之さんが発した言葉に、そうだ、お隣さんは【イトウ】さんだったと思い出す。最初の挨拶で言われたっきり、お互いに名乗るな機会んてなかったから、すっかり忘れていた。

でも、なんで、尋之さんが彼の名前を知っているんだろう。なんでそんなに優しい声で彼を呼ぶんだろう。

胸にモヤモヤとしたものが溜まっていくのを、こちらに近づいてくる尋之さんを見ながら感じていた。



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