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突然、2週間も休暇になってしまった俺は特に何をするわけでもなく、時々テレビで流れる先輩関連のニュースに目を通しながら過ごしていた。

会社へ調査に入った労基署がどう言った判断を下すのか、犯行した先輩の精神状況はどうだったのか、何も知らない、充実した毎日を送っていそうなコメンテーターが吐く言葉は所詮綺麗事で、ブラック企業だと思ったらすぐに逃げるべきだとか、もっと早くに労基署を頼っていればだとか。

実際に勤めたこともないのに、俺たちがどういう気持ちで働いているのか、絶対にこの人には分からないんだろう。
庇っている様で、そんな会社に勤める人間を見下した発言ばかりが繰り返される画面を見続けることができずに俺はテレビを消した。

社長から直々に電話がかかってきてから、ずっと考えていた。

もし、俺が第三者として事件の全容を話したら、本当に全社員が路頭に迷ってしまうのか。それとも、社長が責任を負って辞職するのを食い止めるための、言い訳なのか。
会社が潰れる、というのは、どう言った状況になるとそうなってしまうんだろう。もし、あの会社に残っている人たちも、先輩も、どちらも救える方法があるのだとしたら、俺自身があの会社をクビになるくらい、安いもんだと。

大学を卒業してから5年働いた会社だったが、別になんの未練もない。

ただ1つ、気がかりがあるとすれば実家への仕送りができなくなってしまうということだった。
来年の春に中学へと入学する一番末の妹、同時に高校へ入学するその1つ上の双子の弟たち、大学2年に上がる遊びたい盛りの三男。両親は気にするなと言っていたが、働きすぎで体調を崩した母を一度見ている俺には無理な話だった。そして、来年からこちらに上京してきて働き始める次男と地元で結婚して子育てに勤しむすぐ下の妹に負担はさせられない。

2週間という長い休みの間に、俺がどういう判断を下すのか自分でもまだわからないが、長男であることの務めは果たさなければと、2週間の休みの始まりは一日中考えて過ごした。


休み2日目の翌朝、けたたましく鳴る着信の音に目が覚めた。
時間はまだ朝の7時で、こんな時間に誰だと思いながら薄目で見た画面には【父】と表示されていた。滅多なことでは掛かってこない父からの電話に、飛び起きてベッドの上でなぜか正座をして電話に出た。

「父さん、久しぶり」
〈久しぶり。・・・寝てたか?〉
「あーうん、大丈夫だよ。どうしたの?」
〈何か、言うことはないか?〉
「え?・・・別にないけど・・・?」
〈そうか。・・・ニュースで、遼の会社の名前を見たんだが〉
「あ・・・あー、えーっと・・・」
〈・・・はぁ。無理、してるんじゃないか〉

昨日は、一杯一杯で頭が回らなかったが、ニュースで流れるほどの事件だ。目にしたら家族は心配するに決まっていた。それに、仕事は忙しいけど、充実してると嘘を伝えていた俺にとっては、何とも気まずい流れだった。

電話口から聞こえる、父さんの心配する声に申し訳なく思っていると、後ろで次男である、郁(かおる)の騒ぐ声が聞こえた。

〈ぜってー行く!遼のとこ、何が何でも行くから!!離せ!弟たちよ!!!〉
〈ダメだってにいちゃん!〉
〈父さんに怒られるよにいちゃん!〉
〈・・・ちゃんと、泊まる準備とかしてから行けば?・・・遼にぃんとこ泊まれるなら俺も行きたい〉

大声を上げる郁を制止する双子、快(かい)と楽(がく)の声とクールな三男の基(はじめ)の声も聞こえてきて、平日なのに何でみんな家にいるんだと驚いていると〈うるさい〉と一喝した父さんがその理由を言った。

〈もう、朝から大変だ、こっちは。ひな、母さんはショックでふらふらになるわ、ガキどもは学校休むって言い張るわだ〉
「・・・ごめん、なさい」
〈何故言わなかったんだ。こっちに戻ってくることに、誰も反対なんかしやせんのに〉
「っ、ごめ、なんか、言いづらくて」
〈お前にそんな無理させるほど、俺は頼りない父親か?・・・まぁ、稼ぎは多くないが〉
「そんなこと!っない!・・・ただ、俺が、勝手に無理してただけで・・・」
〈正直言うとな、今すぐにでもそっちに行って、引きずってでもこっちに帰らせたいほどには心配なんだ〉
「・・・うん、本当に、ごめん。でも、俺大丈夫だから、もう少しだけ頑張らせてほしい」

家族全員に、心配をかけてしまった俺は、申し訳なく思いながらもそう言った。

ここで実家に帰れば、心はきっと楽になるだろう。地元で就職しなおして、妹や弟たちに囲まれて楽しく生活できるのは、とても魅力的だ。でも、今、逃げてしまったらあの会社は変わらない。先輩があんなことになってしまったのは、俺にも責任がある。

それに、尋之さんと会えなくなるのも寂しかった。

自覚してすぐに失恋はしたが、想いを伝えるつもりもないし、食事くらいは一緒に行ってくれるんだと思うと今の関係を手放すには時間が足りない。もう少しだけ、会っていたかった。

「わがまま言って、ごめん」と呟くと電話口から父さんの息を吐く音が聞こえた。

〈いいんだ。お前が辛くないなら。でも、本当に無理だと思ったら、すぐに言いなさい〉
「うん、ごめん。ありがとう」

口調は厳しいが、いつも優しい父さんの言葉にさっきまでモヤモヤとしていた気持ちが少し軽くなる。
それじゃあ、と口にしようとしたと同時に〈替わって!!〉と郁の声が聞こえて、少し待つと息の上がった郁が電話に出た。

〈遼!!大丈夫!?大丈夫なの!?〉
「うん、大丈夫だよ」
〈あーもう!すぐにでも行きたいのに・・・!!何で行かせてくれないんだよ!〉
「俺は、別にいいけど」
〈ほら!遼はいいって言ってる!!親父〜!いいて言ってる!!〉

大声で話す郁に、相変わらず落ち着きがないな、と自然と笑みがこぼれた。
身長はとっくに抜かされていて、顔も母似の俺とは違い、整った父の顔にそっくりな弟ではあるが、可愛いと思うのは昔と変わらない。

「でも、ほら、郁にも予定はあるでしょ。俺、最低でもあと13日は会社休みだからさ」
〈まじで!?行く行く!!ちょっと予定立てるから!!待ってて!〉
「うん、待ってるよ」
〈よっしゃー!下見も合わせて行くわ!あ、ホテル取るから、泊まるとこは気にしないでな!じゃ!〉

ブチっと切られた電話に唖然としたが、すぐに頬が緩んだ。
弟が、来る。今年の正月に実家に帰ったきり会っていない郁に会えると思うと、こんな状況でも楽しみだった。

そして、10分ほどで送られてきた日付は、今日から5日後だった。
バイトがあるから2泊しかできない、と泣き顔の絵文字を付けた文章に、2泊くらいだったら俺の家泊まりなよ、と返す。

布団を買えば、2人で寝るくらいなら十分スペースがある殺風景な部屋を見渡すとすぐに返事が来た。

〈親父が、布団買わせることになるからホテルを取れ、だってさ!最寄りのビジネスホテルとるからまじで気にしないで!!〉

完璧に俺を見抜いている父さんに苦笑して、了解、とだけ返事を送った。



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