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朝食を食べ終えて皿を洗い終わった梶野が、昨日と同じくソファに座って待つ俺の横に今日は一人分ほど間を空けて座った。昨日はやっぱり少し酔っていたようだ。

「先輩に言わなきゃいけないことがあります」

初めて食べたホットサンドの余韻に浸っていると、真剣な声でそう言われ、思わず体に力が入る。

「え、なに?」
「実は昨夜、原田先輩に連絡をしました」

目を伏せて申し訳なさそうに言う梶野に、肩の力が抜ける。俺が何かやらかしてしまったのかと思った。
なんとなく予想はしていた。原田のことだから俺のことを探しているだろうし、それを梶野も知っているだろうとは思っていたから。

「あー、うん。大丈夫。むしろありがとう。多分、俺自ら連絡するっていうのはできなかったから」

俺の言葉を聞いて、安心したように眉を下げて笑う梶野はとても優しい。原田のことも考えて、俺のことも考えてとった行動なのだろうということは言われなくてもわかる。

「それで、原田先輩が連絡しろと言っていたので、今日にでもしてみてください。・・・ただ、すごく怒ってますけど」
「・・・だよね。いや、それも込みで連絡しづらかったのもあるよ。・・・ほんと、ありがとね」

昔から俺は原田に怒られてばかりだった。でもそれは、俺のことを心配してのことだったから不快感はない。
そして梶野に偶然会えていなければ、俺はずっと独りで生きていたのかもしれないと思うと少し怖くなる。この機会をくれた梶野に心から感謝した。


それから2時間ほど食休みをして、梶野に連れられてジムに来た。

「梶野はいつもどれくらい走るの?」
「えーと、来る時間にもよりますけど、だいたい20kmくらいですかね」
「20km!?・・・俺多分1kmも走れない」

仕事に行く前に20kmも走るなんて人間じゃない、と梶野に顔を向けると今朝と同じように笑っている。

「まぁ、ほぼ毎日走ってるとそれくらいは平気になりますよ。そういえば先輩、体育の授業でもあんまり走ってなかったですね」
「走るの苦手なの。無理だよ。苦しいだけだろだって」
「俺はなんか、スッキリするタイプです」
「ダメだ・・・理解できない」

今日は5kmくらいにするので、先輩は好きなのやっててください、と言われたので腹筋や背筋を鍛える器具に挑戦したけど、どれも5回もできずに終わった。そして30分かからずに5kmを走り終えてこちらに来た梶野に、全く体が持ち上がらない腹筋を見られて、また盛大に笑われてしまった。

「先輩はジムよりも基本の体力が先ですね」
「・・・俺はきっと筋肉がつかないっていう構造なんだと思う」
「でも昔よりも細くなってません?普段ちゃんと食べてます?」
「あー・・・朝はコンビニのおにぎりで、昼は仕事場で誘われるから食べて、夜はー・・・寝ちゃってることが多いかも」
「ほら、まともに食べてんの昼だけじゃないですか。それですよ多分」
「・・・なんか原田みたいだよ、梶野」

その後は体を動かす梶野を眺めて終わったが、久しぶりに体を動かしたのは気持ちが良かった。仕事でも動いてはいるが、力があまりないし、細かい作業が得意だったので運動とは呼べない。ジムに併設されたシャワールームで汗を流して梶野の自宅へ戻ると、もう10時半になっていた。自宅で独りで過ごす休日よりも遥かに時間の流れが早いように感じた。

「・・・よし。梶野。原田の番号、教えて」

気合いを入れてそういうと、優しい顔で笑った梶野がスマホを差し出す。表示された番号を自分の携帯に打ち込む。手が少し震える。
打ち終えて発信ボタンを押すのに、多分5分はかかったと思う。意を決して押し、携帯を耳に当てると2コール目に差し掛かる前に原田は電話に出た。

思わず息が詰まる。そしてなぜか向こうからも何も聞こえない。番号を間違えたかと思い一度離して確認するがあっている。もう一度耳に当てると、向こうからため息のような、息を吐く声がした。

〈・・・しんちゃん?〉

電話口から聞こえたその声に、思わず涙がこぼれた。4年前に聞いた声よりも幾分か落ち着いている。返事をしようと思うが、喉が震えてなかなか声が出せない。

〈っはー・・・元気?体調とか、大丈夫か?〉
「だいじょ、ぶ・・・ごめん、原田。ごめんね。ごめんなさい」

いくら謝っても足りない。視界にティッシュを差し出す梶野の手が入り、ありがたく受け取る。涙を拭いて、鼻をかむと原田の笑い声が聞こえた。

〈んとにな。どうしてくれようか、このやろー。どんだけ心配したと思ってんだ?お前が働いてた会社のヨネダ社長と今や飲み友だよ全く〉

ああ、やはりあの後二人は家を訪ねてくれていたんだ。心配をかけてしまった申し訳なさと、そこまで思っていてくれた嬉しさとで、抑えても抑えても涙が止まらない。

「ごめん、本当にごめん」
〈謝ってばっかだな〉

原田の笑い声に心が落ち着く。涙も少し引いてきたところで原田が、あ、と声を出した。

〈そうだ、ヨネダ社長にも、連絡しろよ。あの人一時期自分のせいだって言ってめちゃくちゃ落ち込んでたんだからな。メールで番号送るから、絶対連絡しろよ〉
「うん、ありがとう。するよ、絶対」

それから、今は何をしてるんだとか、飯は食ってるかとか質問責めにされて小言も言われたが、最後には会う日を決めて電話を切った。

鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭っていると、頭の上にポンと何かが乗った。
顔を上げると、優しい顔をした梶野のでかい手が俺の頭を撫でていた。

「頑張りましたね。先輩」
「あー、なんかすっげえ悔しい。昔は俺が撫でてたのに」
「ははは、なんか先輩、変わってなさすぎて幼くなってますよね」
「どういうこと。それ。・・・ちょっとムカつく」

ムッとして手をはらっても梶野の優しい顔は変わらず、子どもっぽい自分が恥ずかしくなる。あんなに可愛かった後輩に子供扱いされる日が来るとは。

熱くなった顔を隠すために俯いていると手の中の携帯が震えた。開くと原田からメールが来ていて内容は先ほど言った通りヨネダ社長の連絡先と〈ちゃんと飯食って寝ろよ!〉という小言だった。



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