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少し落ち着いてから、次はヨネダ社長に電話をした。こちらにも原田経由で連絡が回っていたのか、すぐに出た。

〈はい、ヨネダです。・・・伊藤か?〉
「・・・はい、お久しぶりです」
〈おう、その、あれだ、元気にやってるか?飯はちゃんと食ってるか?〉

原田とは違った気遣いの言葉をかけられ、もう出尽くしたと思った涙が再び溢れる。

「すみま、せんでした。心配かけて、黙っていなくなって」
〈あー、そうだなぁ。まぁ、俺がちゃんと管理できてなかったってのが問題だったから、お前を責めるつもりはない〉
「そんなっ、俺が悪かったです」
〈・・・過ぎたことは仕方ねえ。もうこれに関してはお互い様ってことにしよう、な。何はともあれ、生きててくれてよかった〉

なんでこんなにも、俺の周りにいる人たちは温かくて優しいのか。俺はきっと、貰っているものの半分も返せていないというのに。
しばらく、原田の時と同様、今の仕事のことなどを話して涙も鼻水も治まってきたところで、社長が少し硬い声で言った。

〈そうだ。伊藤、今日の夕方時間あるか?〉

今日は休みだし、なんなら明日も休みだ。久々に社長に会えるなら仕事終わりでも行ったと思うけど。

「はい、大丈夫です。仕事休みなので」
〈そうか。よかった。・・・いや、あんまり思い出したくねえだろうけど、タナカのことで話がある〉
「え・・・あ、わかりました」

タナカという言葉を聞いてビクッと体が反応してしまい、そばにいる梶野に目線でどうしたんですか、と投げかけられたが苦笑いでごまかす。タナカを探そうとは思っているものの、なかなか一歩踏み出せずにいたが、社長は何か手がかりを見つけたのかもしれない。タナカ自身は今頃、俺のことなんか忘れて楽しく生きていそうだ。

〈じゃあ、俺がそっち行く。着く時間がわかったら連絡するから。あー、もしあれだったら、原田くんも呼ぶか〉
「お任せします」
〈おう。じゃあまた連絡する〉
「わかりました」

電話を切って梶野を見ると、心配そうにこちらを伺っている。

「大丈夫ですか?最後なんか顔色悪かったですけど」
「あー・・・うん。社長が今日会おうって。タナカのことで話があるんだってさ」
「タナカって、先輩に借金肩代わりさせたやつですよね。・・・なんでしょうね」
「わかんないけど、まぁ社長も同じ被害を受けた立場だからね・・・」

タナカの名前を出した途端、目が座った梶野を見てまた苦笑いをする。他人の借金を大人しく5年も払い続けているなんて、側から見れば、とんだお人好しだろう。当時は騙されたショックと周りを巻き込みたくない一心でどうにかしようとした結果が地道に返済していくという選択しか浮かばなかったけど、もし今同じことが起きたとしたら、周りに頼ろうとするだろう。一週間前に梶野に会って、今日原田と社長と話してそう思えるようになっていた。

「先輩、その、今日の話し合いって俺も行ってもいいですか?」

昔の俺のバカさへの後悔と周りの優しさを噛み締めていると、梶野が俺の顔を覗き込んで言った。言葉だけ捉えると遠慮がちに聞こえるが、表情からは絶対行きます、という副音声が聞こえる。

「うん、いいけど・・・そんな面白い話でもないと思うよ?」
「・・・先輩が心配だからついて行くんです。それに、ほら、俺今お金持ちなのでなんか役に立つかもしれないですよ?」

冗談っぽくそう言ってニヤッと笑う梶野の、なんとかっこいいことか。男の俺でも胸がぎゅっとしてしまった。頼り甲斐のある男って感じだ。俺もいつかはこうなれるだろうか。

「金のことで頼ろうとかは思ってないよ。でも、ありがとう。一緒に来てくれるなら心強い」

素直に思ったことを言えば今度は少し顔を赤くして照れ臭そうに顎をさする。確かにかっこよくなったけど、表情が豊かなところは昔と変わらずかわいい。

そして、気付けばもう13時を回っていた。梶野がソファで伸びをしてソファから立ち上がる。

「腹減りましたね。なんか作りましょうか、って言いたいんですけどあんまり材料がないんですよね。食べ行きましょうか。なにがいいですか?」
「うん、泣いたらお腹空いた。・・・カツ丼とか食べたい」
「カツ丼ですね。うまいとこあったかな・・・」

俺のリクエストを聞いてすぐに調べ始める梶野を見て、甘やかされてるな、と思う。頭を撫でられた時は思わず反発したけど、今の精神年齢は確実に梶野の方が上の様だ。これだけボロボロ泣いて鼻水もたらしている俺を微笑ましく見守ってくれたし、なんなら飲み会で俺のまとまらない話を黙って聞いてくれた時点で、俺の中で梶野はかわいい後輩から、頼れる旧友に変わっていたと思う。
甘やかされるなら、今はとことん甘えたい気分だった。包容力がありすぎる梶野に、今だけはわがままを言って頼ってもバチは当たらないはず。ずっと独りで生きていくんだと思っていたところに突然現れた梶野に少し依存しているんだろう。また他の人との関わりを取り戻せば、昔みたいな先輩と後輩の関係に戻れるはず。

「あ!ここ、前食べてうまかった気がします。ここにしましょう」

スマホから顔を上げて、嬉しそうに言う梶野に頬が緩む。梶野が選んでくれた店なら絶対美味しいのだろうと、二つ返事で身支度を始めた。



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