09


13年半ぶりに会った初恋の人は、変わってしまっていた。


俺が経営する飲食店がテナントとして入るビルを視察しに、普段は絶対に来ないような場所に足を運んでいた。人混みは嫌いだし、それに建設現場にいるような一部のガサツな人間もあまり好きではない。自分自身が昔やんちゃしていたのを棚に上げて、それをこの歳まで貫いてやり続けているような連中を下に見ていた。
嫌々にビルへと歩いていると、突然、背中に衝撃を受けた。

「すみません、大丈夫ですか」

掠れた小さな声が聞こえてため息が出る。振り返ると汚いTシャツに作業用ズボンを履いた男が立っていた。腕は男にしては細く、白い。なんだか生気の感じられない男だ。

「ちゃんと前見て歩いてくださいよ。これだから、こういう現場には来たくな・・・」

文句を言いつつ、ひょろっとしてて根暗そうなそいつの顔を見て絶句した。
高校の時、初めて好きになった 伊藤 慎二がそこにいたのだ。言葉が途切れた俺を不思議に思ったのか、初めて会った時と同じように顔を覗き込まれる。見た目は小汚いし、昔のように気だるげな感じだけじゃ無く覇気がなかったが、優しい性根は変わっていないのだと実感した。俺を見ても全くわかっていないようなので、名前を告げると嬉しそうに先輩の顔がほころんだ。あぁ、笑顔は昔と変わらない。昔のように俺の心を鷲掴みにした。


自分がゲイだと自覚してから初めて好きになった相手だからか、それとも、何の連絡もなく突然姿を消してしまったからなのか、いまだにその顔を見ると胸が高鳴ってしまう。

高校を卒業してから何人かと付き合いもしたし、セックスもした。だけど、付き合っていた彼氏は大体、180cm弱の色白で黒髪。そして、ふとした時に先輩の顔を思い出してしまうことが何度もあった。先輩の面影を追ってしまう自分に嘲笑して、関係を続けられなくなり別れてを繰り返していた。

照れ臭そうにはにかむ先輩の横顔を見ながらたくさんの想いが交差する。
原田先輩から、突然消えてしまったと連絡をもらった時は心の底から絶望した。どこにいたんだ、なぜ連絡をしてくれなかったんだ、など、言いたいことはたくさんある。しかし、やつれた表情の先輩を見てそんなことは言えなかった。

「先輩は今何してるんですか?」「今日はどちらに?」など、当たり障りない会話をしていると、突然先輩の態度が急変した。

「・・・俺なんかと話してたら、あんま良いように思われないよね。まぁ、また機会があれば話しかけて。じゃあ」

そう言って、すぐに離れていってしまった先輩を、俺は呼びとめることができなかった。

15年半前、初めて会った時の衝撃はいまだに忘れられない。
中二の時に、自分はゲイだと自覚してそれがバレないように、周りとは距離を置き、適当に振舞っていたらいつの間にか不良として扱われるようになっていた。自宅に帰れば真面目な兄に嫌悪を含んだ眼差しで見られ、母には心配され、父には怒られる。そんな毎日を送っていた。
そして不良高校として地元で有名だった高校に上がると、早速先輩に目をつけられ挨拶に来いと言われてしまった。
その時の俺は、誰とも話さないし仲良くもしないというのを徹底していた。自分がゲイだということが周りにバレるのがとてつもなく怖かった。

しかし、その呼び出された空き教室で初めて恋をしてしまった。

細い身体に、柔らかそうな少し癖のある黒髪、切るのが面倒なのか少し長かったのが印象的だった。そして眠たげな目でこちらを見上げて微笑まれた瞬間に、俺は落ちてしまった。

俺は面食いだったのか。初めて会った日になぜ俺はゲイなのに人を好きになったことがないのか理由がわかり、納得した。決して女顔なわけではない、しかしとても綺麗な顔で柔らかく笑うその雰囲気に、思わずポーッとしてしまったのが懐かしい。

それからというもの、周りにバレるのが怖いなんて思っていたことはすっかり忘れて、毎日一日中先輩にくっついていた。開き直ったと言っていいかもしれない。ゲイでなくても、先輩は男女関係なく魅了していたから。案の定、周りに変に思われることもなかった。先輩の周りにはいつも人が集まっていたからだ。
原田先輩がよく【全人類博愛主義タラシ】と呼んでいたのを、その通りだ、と思っていた。

見た目の美しさから、女子は遠巻きに見ていることが多かったが、かなりファンが多かった。空き教室の前で窓から眠る先輩を見てはしゃぐ女子を何度も見かけた。
しかし先輩はそんな事に気付かず、俺はモテないから、とよくぼやいていたが、実際は先輩の顔が綺麗すぎて付き合ったら女としてメンタルが保たないという女子が大半だった。そして、毎回セットのように言われる、お前はモテるだろ、という言葉を聞く度に胸が締め付けられたが、笑って流し続けた一年間だった。

いざ先輩が卒業する時には、こらえきれずに涙が出てしまった。淋しさだけではなく、最後の最後まで俺は頭を撫でる、後輩という枠から出られなかったという悔しさもあった。思わず想いを伝えそうになってしまった俺を救ったのは、羨ましく妬ましい原田先輩の一声だったのは記憶に刻まれている。
そして先輩が大学2年になるまでは、しょっちゅう仲間たちで集まって遊んでいた。原田先輩が、免許を取ったというので車でみんなで海に行ったり、冬にはスノボに行ったりもした。


こうして先輩と遊んでいられるなら、芽生えてしまった恋心なんで隠し通してしまえばいいんだと思い始めた頃、先輩との連絡がパタリとなくなってしまった。

原田先輩に事情を聞こうと連絡してみたが、まだ話せないの一点張りだった。
そうして2年半経った頃、ようやく原田先輩が教えてくれた。先輩のお母さんが亡くなったのだと。

女手一つで育ててくれた母親のことを気にかけているのを知っていた俺は涙がこぼれた。そしてそれと同時に、そういう時に頼ってもらえる存在ではない自分が情けなくなった。いくら背が伸びても、見た目が男らしくなっても先輩の中ではきっと可愛い後輩のうちの一人なのだと痛感させられた。

その頃から俺は、グレることをやめて勉強に励んだ。と言っても、学校で習うようなことではなく、経済や金の動かし方、起業などについてだ。俺の中で、まず頼られるには自立、すなわち金を稼ぐことだと結論づけた。その努力の甲斐があってか、高卒でも雇ってくれるという気前のいい会社を見つけてノウハウを学び、5年働いたのちに自分で起業して成功した。

そして会社がようやく軌道に乗ってきた3年目の初冬。
これでいつでも先輩に頼ってもらえるんだと、いつからか繋がらなくなってしまった先輩の連絡先を原田先輩に聞こうと電話をかけると衝撃の言葉が返ってきた。

「しんちゃんが行方不明になった」

そう告げられた後の会話はほとんど記憶にないが、原田先輩に『事情を知っているが話せない、もし見つけたら連絡してくれ』と言われたことだけ覚えている。
行方は分からないが事情は知っている原田先輩、事情はおろか行方不明だったことすら知らなかった俺。携帯を強く握りしめて、まだ、まだ俺じゃダメなのか、と歯を食いしばった。

そして、より仕事に打ち込み、恋人を取っ替え引っ替えするようになってから約5年、先輩を見つけてしまった。
最初に浮かんだのは、原田先輩には教えたくない。これを俺だけの秘密にしておきたいという感情だった。
いくら先輩に冷たい態度を取られたとしても、仕事場がわかってしまった以上逃がしはしない。

俺は先輩が消えていったビルに向かって歩みを進めた。



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