08


入居した当日は歩き疲れたのもあって、部屋に入って床で寝てしまった。日が窓から差し込んで、自然と目が覚め、体がバキバキと音を立てた。
朝日がちょうどステンドグラスに当たって綺麗に輝いている。
ふと荷物に目をやると、母さんの遺骨が布に包まれたままだったため、広げて朝日が一番当たるところに置いた。

「綺麗だろ、母さん。こんな部屋に住めるなんて思ってなかったな」

しばらく窓を眺めてぼーっとしていた。そうだ。住所が決まったら教えろと言われていたのを思い出す。
でも、まだ朝早すぎるよな。どうするか。悩んだ末、ショートメールを送ることにした。
送信を終えて、部屋を見渡すと昨日見た折りたたまれた何かが目に入る。近づいて引っ張ってみると、なんとベッドになっていた。狭い部屋を有効に使おうとしていた前住人に感動する。マットレスなどはなく、すのこの状態だが、上がって横になる。驚いたことに、俺が足を伸ばしても十分にスペースがある大きさだった。
押入れの幅いっぱいのベッドはとても快適で、すぐにでもマットレスを買いに行こうと思ったが、時間がまだ7時なのを見て、荷ほどきをすることにした。だいたい片付けが終わったところで、携帯が鳴った。

画面を見ると昨日登録した【ハンダ】の文字。電話に出ると、少し眠そうな声が聞こえてきた。

「あ〜お兄さん〜、おめでとうございます〜。部屋、見つかったんですね」
「はい、なんとか。なんか面白い部屋で・・・あ、いや、なんでもないです」

思わずこの部屋の素晴らしさを伝えようとしてしまい、慌てて閉口する。この人は、友達でもなんでもない。闇金の取り立て屋だ。全ての関わってきた人と関係をなくしてしまったからか、話ができるのが誰であれ嬉しく思ってしまったようだ。

「ふふふ、そうそう、お兄さんちょっと警戒心なさすぎですから、気をつけてくださいね〜?」

なんだか全て見透かされているような気がして顔が熱くなる。

「それじゃあ、来月の末日から、そちらの住所にお伺いするので、お金、よろしくお願いしますね〜」

そういって切られた電話に少し寂しく思ってしまったが、そんなことは言っていられない。相手は闇金だ。心を開いたって何にもいいことはない。じっとしていると寂しさが募りそうだったため、求人雑誌などを見に行こうと、部屋を後にした。

そして、日雇いやバイトなどをこなしながら、借金の返済も滞りなく払い続けて5年近くが経っていた。気づけば俺も33だ。ハンダさんは借金を取りに来る立場ではなくなったようで、ここ3年ほど会っていない。が、なぜか時々電話をかけてきて調子はどうだとか、飯はちゃんと食べているかだとか聞いてくる。俺の狭い人間関係の一人だった。

きっと、原田は結婚をして子供でも生まれているんだろう。この部屋に越してきて初めて春を迎えた時、祝いの手紙を送ろうと考えたが、やめた。結婚をして守るべきものがある人間に作っていい接点なんか、俺には一つもないと思ったから。社長には、謝罪を込めた申し訳程度のお金と退職届、そして心配しないでほしいという思いを綴った手紙を引っ越してから一週間ほどで送った。もちろん、住所や派遣先の仕事場などがわからないように。

「伊藤さん、今日から新しい仕事もらってるんだけど、行ける?新しくできたビルの内装の仕事」

日雇いの仕事を振ってもらえる事務所で、事務の川島さんがパソコンを見ながら言った。

「はい、やります」
「じゃあ今日から1ヶ月くらいそこお願いしようかな」
「ありがとうございます」

真面目に仕事をこなしているので、クビにされることなく、こういった大きい仕事も任せてもらえるようになっていた。それに1ヶ月間の収入源が確保できると思うと、いくら大変でも嬉しいものだ。

「じゃあ、現場の住所送るね」

元々建設会社で仕事をしていたので、そっち系の仕事が多くもらえるのはありがたい。本当に、あの時バーで声をかけて雇ってくれた社長には感謝している。

「わかりました。行ってきます」
「はーい、頑張ってくださいねー」

事務所を出ると、早速現場へと向かう。場所は事務所からより自宅からの方が近かった。とは言っても、行く前と終わった後に事務所に行かなければならないのであまり意味はないが。どちらにせよ、すべて徒歩圏内で行ける距離だ。
昼間はまだ少し暑さが残る9月も半ばを過ぎて夜は肌寒くなってきている。11月末の返済を終えれば借金返済の折り返し地点だ。タナカジョウのことを探そうとは思っているが、今現状は時間がない。それに5年も経ってしまったので、もしかしたらもう日本にはいないかもしれない。
それに、ハンダさんが言っていたことも少し引っかかる。
タナカジョウを恨んではいるが、社長に詫びて、借金の続きを自分で返してほしいと思うくらいだった。なので、身を滅ぼしてしまうかもしれないハンダさんの返済方法は、度が過ぎていると感じてしまう。

悶々と考えながら歩いていると、目の前を歩いていた人の背中にぶつかってしまった。下に向けていた視線を前に向けると、広い背中に濃紺のスーツが視界に広がる。俺も背は低くはないが、ぶつかってしまった相手はでかかった。

「すみません、大丈夫ですか」

声を掛けると、ぶつかってしまった男性がゆっくりと振り返った。

「ちゃんと前見て歩いてくださいよ。これだから、こういう現場には来たくな・・・」

髪型も綺麗に決まっているその男性はごもっともなことを言ってきたので、謝ろうと頭を下げるとなぜか言葉が止まってしまった。不思議に思い顔を上げると、目を見開き、こちらを凝視して固まっていた。

背が高く、身なりが綺麗で顔も整っている。それに、どこかで見たことがあるような気がする。しかし、いくら頭の中を探してもこんなにかっこいい友人は覚えがない。もし、いたとしたら絶対に忘れないだろう。

「あの・・・大丈夫ですか?どこか打ちました?」

全く動かないので不安になり、少し距離を詰めて顔を覗き込むと、その男性は息を飲んで後ずさった。あれ、なんでだ。この感じどこかであった気がする。

「・・・わかりませんか」
「・・・は?」

意を決したように言葉を発した男性を見て、首をひねる。いくら見てもこんなにかっこいい友人はいなかった気がする。まあ、もう10年以上は原田以外の友人とは会っていないからどうなっていてもわからないのだが。

「・・・先輩、俺ですよ、梶野 健です」
「かじの?・・・え!梶野なのか!?」

思わずでかい声が出てしまった。
まさか、あの小動物のような梶野がこんなにでかく、男らしくなっているなんて思いもしなかった。母を亡くしてからというもの、後輩などからくる連絡を取る気になれずにいたせいで、全く知らなかった。

「覚えててくれたんですね。良かったです」
「いや、忘れないよ。あー、まじか。そっか」

自分ですべて断ち切ったとはいえ、旧友に会えたことが嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。昔のように手を伸ばして頭を撫でたい衝動に駆られるが、今の梶野にそんなことをする度胸はなかった。それに、見た目が昔と全く違う。最後に会った時より確実にでかい。でも言われてみれば顔はそんなに変わっていない気がした。

「先輩、今は何してるんですか?」
「え?・・・あー、まぁ普通に、仕事してる」
「・・・そうですか。今日はどちらに?」
「ん、そこのビルの内装に派遣されて」
「そうなんですね。・・・実はあそこ、俺の会社もテナントで入るんです。」
「え・・・梶野、社長なの!?」
「はい、一応」

なるほど、だからこんなに高そうなスーツに靴なのか。いや、よくよく考えてみれば、今俺と並んで立っている状況は側から見れば、小汚いおっさんとエリートサラリーマンというよくわからない組み合わせなのではないだろうか。

「すごいな、梶野。頑張ってんだなぁ」
「い、いえ。そんな・・・」
「・・・俺なんかと話してたら、あんま良いように思われないよね。まぁ、また機会があれば話しかけて。じゃあ」

そうだ。俺は借金を返し終わるまで、過去の人たちとは関わらないと決めていたのに。久々に会えたことが、会話できたことが本当に嬉しくて、普通に話してしまっていた。しかも、梶野は立派に社会人をやっている。俺なんかといるところを見られて風評被害なんかにあったら俺がいたたまれない。

突然冷めた返事をしたであろう俺に、ポカンとして固まる梶野に背を向けて現場のビルへと向かった。



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