007



 お昼休み終了後、僕は学校で新しくできた友達と校庭でドッチボールをして楽しんだ。初めてのわくわくと嬉しさで、午後の授業もどこか嬉しかった。
 「なあ、垣本、お前知ってるか?」
 クラスメイトの、名前も知らない子が急に僕の机を叩いて言ってきた。午後の授業が終わった頃だった。
 「何が?」
 「お前の帰り道に『ハザマキ』って家あるのわかる? あそこの家、取り壊すらしいぞ?」
 ハザマキ? 誰のことだろうか?
 「なんかあったの?」
 「噂だと、そこの父親がすっごい借金を抱えてたんだと。でもって自分だと返せないからって働いてた会社のお金を使って借金を返そうとしたんだけど、バレたんだと、会社のお金を管理する人間に」
 立派な転落人生なもんだ、なんてこの時の僕はのんきに考えていた。
 知らないはずがない、彼の言った『ハザマキ』は『狭間木』で、かなり立派で大きな家だった。ここら辺の地域が赤瓦で、昔ながらの古い日本屋敷のような造りをしている中、たった一軒だけ洋風でおしゃれな家があった。どんな人が住んでいるのかは知らないけれど。
 「んで、そこの父親が働いてた会社のお金を管理する人間がすっごいキレてさ、こんな上司絶対に嫌だ、信じられないって警察呼んで大騒ぎになったんだけど」
 「…………そりゃあ、なるだろうね」
 教科書とノートをランドセルの中に詰め込む。最後に筆箱を入れ込んで、今日も公園に行こうか、なんて考えていた。
 当たり前だ、きっと狭間木のお父さんは会社に見つかれば怒られると、黙って会社の金を使って自分の借金返済に充てていたんだから。もしも自分の親がそんな人間だったら、と考えて自分の親も決してよその家の事は言えなかったと猛省をする。
 「なんで知らないの? 結構大騒ぎになってたけど、家に県警の人が来たらしくて、気がついたら親は家を出て行ってて、家には娘さんが一人残されてたって状態だったって………結構ここらへんじゃあ有名だよ?」
 「へえ………初耳」
 「その娘さん」もお気の毒だな、なんて考えながらコートを羽織る。
 親のツケがすべて自分に回ってきたんだ。僕だっていつか同じようなことになるかもしれないけど。可能性はゼロじゃない。
 「そんなことよりドッチボールやろうぜ? 中当てでもいいよ!」
 脇にボールを抱え、ランドセルを机の上に置いて、今から時間ぎりぎりまで遊ぶ気を外側に全力で出している、名前は『タハラ』くん。坊主頭とこんな寒いのにティーシャツ一枚にズボンという季節感覚と体温を疑いたくなる格好だ。
 「なかあて…………? やったことない」
 僕は小学校に入ってから、どちらかというと休み時間は図書館で本を読むことが多かった。周りの大人たちの口真似をして、クラスメイト達からはよく「もらわれっこ」なんて言われては、おねえさんの言う「いじめ」にあっていたからだ。
 だから中当て、なんてこともしたことが無かった。ドッチボールだって授業以外であれば、今日が初めてだ。
 「やろう! 人数集めてやろう! 絶対に楽しいからさ!」
 『タハラ』君が教室に残っていた何人かの生徒たちに、声をかける。垣本が中当てやったことないからみんなでやろうぜ、なんて大きな声で。
 ほんの少しだけ恥ずかしかった。

 お昼休みと、放課後を使い、わずかながらにクラスメイト達と遊んだ。もらわれっこで、祖父母の家で暮らしている僕からしてみれば、このことがとても嬉しかった。いつもよりも軽い足取りが、学校からいつもの公園までの距離を、やたらと短く感じさせた。
 「おねえさん! 聞いて、よ」
 僕は公園に入るなり、いつもよりも何倍もの大きな声で叫ぶように言った。
 学校でおねえさんと予習をしたところが出て、先生からほめられたこと。
 お昼休みと放課後を使ってクスメイトたちと、人生で初めて『なかあて』をしたこと。
 僕にとってうれしいことが二つも重なって、早くおねえさんに報告をしたかった。どうだ、すごいだろうと、小学校高学年の僕は、綺麗になったランドセルを背負って公園に入って、けれど、公園におねえさんの姿はどこにもなかった。大きな、都会のような池があり、ベンチがあり、広いウォーキングスポットがあり、なんてところではない。狭いということはないけれど、煉瓦が積まれた入口があって、ブランコがあって、ジャングルジムとすべり台があって、小さな砂場がある程度の公園だ。
 わくわくした僕の心は、早くおねえさんに今日会ったことを伝えたいばかりだったから、最初は「おねえさん、今日は忙しいのかな」なんて考えながら煉瓦の上に座って、おねえさんが来るのを今か今かと待っていた。
 けれど、いつになったっておねえさんが来ることはなかった。足をぶらぶらさせながら待っていた僕は、気がつけばお腹が鳴って、空は真っ暗になって、遠くで祖母が心配をして公園の近くまで迎えに来てくれたことだってあった。
 真夏になればおねえさんを待つことのできる時間は増えたけれど、おねえさんが公園に来ては、僕のことを「少年」と呼ぶことは、一度もなかった。
 「垣本! 何やってんだ、帰るぞ!」
 それは、僕の胸元に「県立北高等学校」の名札がついても、決して変わることはなかった。






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