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 「いりません、破棄なさって結構ですので」
 外の子、妾の子こと、足原妙子さんとは異母姉妹の篠田さん。これで「しのだ」と読むらしい。午後一五時。篠田さんは足原妙子さんの末子さんと同じ年齢だという娘さんと二人暮らしをしていた。ちなみに事務所からは県外なので、車で移動。
 「えっと、土地やお金、総額でかなりの金額になりますよ?」
 カバンの中から電卓を取り出してたたく。妙子さんの亡くなったお父様がすべてをこの二人に譲ると言うのだ。金額を電卓で叩いて、もう一度確認をする。間違いなんてない。
 「いりません。破棄なさって結構です。今更なんというのですか………用件はそれだけでしょうか? ならばお帰りなさってもらっていいですか?」
 篠田さん親子は、市営団地に住んでいた。「3-A」と書かれたこの建物も、かなり古い。ざっと見ただけで築半世紀といったところだろうか?
 「本当によろしいんですか?」と念押しの為に、電卓に表示された数字を見せる。ほんの一瞬だけ目を大きく見開いた篠田さん。やっぱりこの金額で揺らぐ人間はいないのだろう。ましてや篠田さんともなれば、だ。
 「自分は弁護士です、強制的には言いません。ですがこのお金を全額破棄するともなれば、正妻の方、つまりは足原さんの方へ全額流れる、あるいは国庫への返納という形も考えられますが、本当によろしいのですね?」
 もちろん、国庫に流れると言う可能性はあらずしも、だ。お願いしますとの遺書が見つかれば、こちらも故人のお願いであるのだから聞かなければならない。
 「娘さんが大学を中退なさった理由は、ご家庭の経済的な理由が主だったそうですね」
 「えっ…………?」
 篠田さんの顔は『どうしてそんなことを知っているんだ』だ。
 「念には念を入れて調べさせていただきました。愛人の子ということで親戚からかなりのことを言われていただとか。だから市営団地に住んでいるのだとか…………自分は弁護士です。強制は致しません。ですが、本当に手放すのであれば、この金額です。遠くへ行って、今よりも遥かにいい生活を送ることだって不可能ではないんですよ? 娘さんだって朝昼晩と働かなくてよくなる。お母さまも同様なんです。それでも」
 あえて続きの『手放しますか?』を言わなかった。足原さんのお父様が残したとされる遺書を見させていただいたけれど、間違いなんてなかった。形式もしっかりと守っていて、あれは「ちゃんとした遺書」だった。ただ、強いて言えば「遺書としたいと思うのであれば、広告用紙の裏側に書くな」ぐらいなのだが。
 「お願いします」と、一分ほど間をおいて、篠田さんが深々と頭を下げた。
 「私は関係ありません。ですが、どうかお願いです…………あの子だけは、十分な生活をさせてあげたいんです。あの人の残したもの、私の娘の分だけでもいただけませんでしょうか?」
 きっと篠田さんも相当悩んだのだろう。自分は正妻の子ではない。そして娘も、愛人の孫である。きっと、僕が予想するよりも何倍もの苦労があったはずなんだ。
 「かしこまりました。それでは篠田さんお二方に分配されるように手続きを踏まえましょう。今後の連絡先としてこちらの用紙に記入をお願い足します」
 スーツのポケットからボールペンを取り出す。カバンの中からはあらかじめ用意していた書類が入ったクリアファイルを取り出して、机の上に静かに置く。
 「こちらにですね…………」
 事務的な話と説明をしながら思う。本当に、穏便に物事が済んでよかったと。
 足原さんとは異母の姉妹にあたる篠田さんは、自分のお父様のお金を手にすると、颯爽と住んでいたところを離れて、遠く離れた土地に移り住んだと、数か月後、鶴岳から聞いた。愛娘の手を引いて。











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