033



 「お待たせいたしました、待ちくたびれましたよね」
 数分としないうちに少年が休憩所に来てくれた。
 「大丈夫! 全然待ってないから」
 事実、おばさんが来たせいで、私の心境は複雑だ。極力あの人たちとは会いたくなかったけれど、仕方がなかった。なんせ父方のおじいさまがここの出身なんだ。きっと今頃お墓参りへ行けば、ばったりと会ってしまうこと間違いなしだ。
 ふと、少年の手に持っているものを見る。
 「無事に買えましたか?」
 両手に持っているのは、このお店の紙袋。
 「ええ、おかげさまで………本当にありがとうございます」
 「これぐらいどうってことないよ?」
 笑いながら言えば、少年はふっと気が抜けたように私の横に座った。
 「今日も暑そうですね」
 少年が高い空をにらむ。夏独特の入道雲が黙々とのびていくのをにらむ少年。本日の最高気温も、ずいぶんとおかしかった。
 「まだ八月だからね………早く涼しくなってほしいな」
 「寒すぎるのは嫌ですけど、ちょうどいいぐらいの気温だと嬉しいです」
 少年がなんとなしに、私の横に置いていた飲み物を口にする。それ、私が飲んでいた物なんだけどな、なんてことはどうだってよかった。間接キスで騒ぐような年齢でもないし、第一に、同じ部屋で暮らしているんだ。こんなことで顔を赤くするような年でもない。どことなく、「その飲み物は私が飲んでいたんだけどな」なんて、思うぐらい。「おねえさん」と少年が言った。
 「先ほどは大丈夫でしたか?」
 突然だった。何のことかと思い、会話の脈略が読めず、思わず首をかしげてしまった。
 「先ほど、買い物の途中に顔を赤くしていたでしょぅ? だからもしかしたら、こんな季節です。今日だけでなく、昨日だってずっと暑かったんですよ? 熱中症とか、脱水症状とか」
 そっちかと、一安心をしてしまった。私はてっきり、おばさんとの会話を見られていたのかと思ってしまった。
 「大丈夫! 心配ないよ」
 まさか『あんまりにも無防備な少年を見てしまって顔を赤くしてしまった』とは言えなかった。口が裂けても絶対に言えないことに、けれど、少年は何か勘違いをしてしまったのだろう。
 「熱中症や脱水症状は本当に死んでしまうんですよ? きつかったら言ってください。ちょこちょこ休みましょうか? 別に急ぐ物もないし」
 少年はきっと勘違いをしている。私が、少年の不意打ちな姿を見てしまったことで、顔を赤くしているのではなく、本当に熱中症や脱水症状類で、顔を真っ赤にしたのでは、と。
 私だって知っている。バイト先で時々厨房に入ることがあるけれど、その時に言われることが「水分補給は必須! 熱中症類のものは体力のない人間だけの問題ではない。忙しくても水分補給ぐらいはしてもいいし、むしろしてくれ」と。料理長が口を酸っぱくして言うので、私も、他の人たちも水分補給が必須だということは知っているし、真夏の炎天下の中であればなおさらだということを、よく知っている。
 「大丈夫、本当に」
 『大丈夫だから』との言葉は、一瞬にして消え去った。少年が足元に荷物を置き、私の横髪をそっと掬い上げた。本日の髪型は、こんな暑いのに、おろしてしまった。というのも、私が髪留めを持ってくるのを忘れてしまったからだ。どこか適当にコンビニかどこかで購入すればいいと思っていたけれど、この時ほど、髪留めを忘れていてよかったと思ったことはない。
 「おねえさん」と少年が小さく呟く。やがて、ひんやりとした感覚が、首元を襲い、しっかりと瞳を閉じていた私は、突然の感覚に、屋外だというのに変な声を出してしまった。
 「………こんな暑さなんです、倒れてしまってからでは遅いでしょう? すこしこれに当たっていてください」
 これ、と言って差し出したのはスポーツ飲料水。しかも自動販売機で買ったと思わしき物。
 「あ、ありがとう」
 なんだか複雑だと思ってしまった。本当は熱中症でも脱水症状でもないのに、少年に変に心配をされてしまったんだ。少年からもらってしまった飲料水を首元にあてると、たしかにひんやりとしていて、とても気持ちがいい。こんなに暑いと、なおさら。
 「僕が屋外でおねえさんに手を出すと思いましたか?」
 にっこりと笑いながら言われてしまい、ぎょっとして視線をペットボトルから少年へと移してしまった。
 「僕は」と言って少年が、私の横髪を掬う。心臓が嫌なぐらいに早く動く。呼吸がうまくできない、思うことはいっぱいあるのに、うまく言葉が出てきてくれない。
 そっと少年の唇が、私の額に触れる。ぼそぼそと、私にだけ聞こえた言葉を言う少年。一瞬理解が出来なかったけれど、赤くなっていく顔と、理解できない頭で少年を見る。
 「それって、つまり」
 にっこりと笑った少年。事実であれば嬉しい。けれど私なんかで良いのだろうか?
 だって、私は‐‐
 ゆっくりと頷いた少年。思わず少年に抱きついてしまった私は、数秒後、たまたま近くを通りかかっただけの少年のお父様に、ゲテモノを見るような目で見られてしまう。












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