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 お店にはクッキーを渡すことにした私は、少年に一言伝えて休憩所に移動をした。というのも、少年から言われてしまった。
 『近くに休憩所があったはずですよね。そこで適当に待っていてください。何か飲んでいてもいいので』
 お会計まで終わらせてしまった私は、助け舟を出そうとしたけれど、たった一人で考えさせてくれといった少年の意見を尊重した。小さなパラソルに真っ白なテーブルとイス。これが砂浜のビーチであればいいのだけれど、辺り一面田んぼだらけなのだから、雰囲気もあったもんじゃない。
 本日の予想最高気温三五度超え。今日で六日目となる。夏はまだまだといった太陽の容赦ない攻撃に、うだりそうになる。そのせいで飲み物を買ってしまった。
 「暑いわ」
 思わず太陽をにらんでしまうほどの暑さ。これだけ暑いと、今頃冷たいものがあのお店では売れる。特にかき氷やソフトクリームなどといった冷たいものが、飛ぶように売れる。きっと冷やし麺類もしっかりと出るのだろうな、みんな頑張って。
 「結衣華ちゃん?」
 不意に声をかけられた。どこかで聞いたことのある声に、反射的に振り返り、けれど、背中に冷や汗が流れた。
 「おばさん」
 私のあの父親のお兄さん、の奥様。成功している投資家のお嫁さんらしく、なんだか恰好がど派手に見えるのは気のせいだろうか? 私が最後に会ったときは、化粧品は三千円以下のモノをこよなく愛して使い、服装だって近くのリーズナブルなティーシャツにジーンズだった。なのに今日に限って紫色のワンピースにパールストーンがちりばめられていて、ショールまで羽織っている。しまいには日傘までしっかりと手に持っていて。この人は今からどこのパーティーに行く予定なのだろうかと思ってしまう。
 「お久しぶりです」
 一応立ち上がって頭を深く下げる。なんでこんなところに、との言葉をぐっとおさえた。
 けれど、おおよそ、自分の旦那の父親の墓参りだろうと、すぐにわかった。『これぐらいしておかないと、周りから何か言われたら嫌だし?』と、すぐに言う人だ。
 「お久しぶりね、結衣華ちゃん。元気にしてた?」
 しかもこの人、香水までつけ始めたらしい。前会ったときは、柔道をしている息子の為に、親子二人三脚で頑張らなくちゃいけないのよ、なんて言いながら香水やお洒落類はめんどうだからと、一切してこなかった人間なのに。さては、あの従兄、柔道止めたな?
 「ええ、なんとか」
 まさか『現在は若手の弁護士さんとお付き合いをさせていただいております』とは口が裂けても言えない。少年に何をされるのかが分からない私は、とりあえずその場しのぎで、なおかつ曖昧な返事しかできなかった。
 「ほおら、私の旦那の弟、馬鹿やったでしょう? そのせいで旦那が一時期すっごい不機嫌になって怒っちゃって大変だったのよ。自分がうまくいかなかったら全部、あいつの所為だ! なんて家の中で怒鳴っちゃって」
 「その件につきましては、本当に申し訳ございませんでした」と一応頭を深く下げる。投資で失敗するのはご本人の力量不足と見極め不足でしょうが、との言葉も、口が裂けても絶対に言えない。
 「あっらやだ! 別に貴女が謝って何かが変わるわけではないでしょう? 変わるだというのであれば嬉しいのだけれど」
 おほほほ、と笑うおばさん。この人、こんな笑い方をしていたのだろうか? 左手にかけたカバンの中から取り出したセンスで口元を隠しながら笑うおばさん。本当に、この人に、ここ数年間で何があったんだという豹変ぶりだ。「あらそうそう、忘れてたわ」とおばさん。別に忘れたままでもいいのに、との言葉は絶対に出してはいけない。ついでに自分の旦那の名前も忘れてもいい、の言葉も出してはいけない。
 「前に弁護士さんがいらっしゃったのよ」
 ぴたりと、呼吸を止めてしまった。若干、口元がひきつったけれど、気にしない。
 「その時にね、おかしなことを言われたのよ『貴女の旦那様の弟さんの娘さんを引き取る気はありませんか?』って。私は自分のお腹から出てきた子供しか育てるつもりはありませんし、ましてや旦那の弟の娘を引き取るなんて滅相もございませんって、正直に答えたからよかったけれど、結衣華ちゃん、何か心当たりない?」
 少年は本当に何をやっているんだ!
 「…………いえ、ありません」
 否、少年ではないのかもしれない。もしかしたらあの調査の時、他に入り込んでいた人かもしれない。少年ではないのかもしれないし、これぐらい当たり前なのかもしれない。
 けれど、と言いたい。よりによって親戚の中でトップクラスでめんどくさい、この人の所に行くとは! 私が北高に行った時も『本当に実力で行ったの? 本当に?』と何度も言ってきた人なんだ。出来ることであれば関わりたくはないのに!
 「あらそう、だったら良いのよ? くれぐれも二度と、こちらに害を与えるようなへまはしないで頂戴ね?」
 再びおほほほ、と言いながら駐車場へと言ってしまったおばさん。よくよく見れば、田舎の古臭い駐車場に、たった一台だけ、黒塗りの高級車が止まっている。ああ、なんだ、やっぱり戻ってきていたんだ、なんて思って肩を落とす。









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