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 なぜか甘党ばかりがそろってしまった、少年の働いている弁護士事務所。弁護士さんと言えばあまり甘いものを食べず、お酒もたばこもノータッチ、な考えだった私は予想外だった。というか、甘いものを普通に食べるのかと思った私は、事務所の人たちが甘い物好きだと知って、とにかく甘くない、なおかつ美味しいものをと考えた。
 「だったら、逆にお煎餅とかはどうだろう?」
 故郷に戻ってきて二日目。とある小さなお土産屋さん、もとい、道の駅で、二人でどれがいいのかを選んでいた。八月中旬だというのに、どうしてこんなに暑いのか? この暑さが少しだけでもいいから和らいでほしいな、なんて思うのも無駄なようで。昨日同等の暑さが、やっぱり今日も続く。
 「……………何故お煎餅?」
 意味が分からなかったのだろう。今日は伊達メガネをしていない少年が、お店で呆然とする。周りは観光客や地元に戻ってきたと思わしき人たちで、なんだか妙ににぎわっている。のと同時に聞こえてしまった。誰かが「ねえ、あの娘さん、狭間木さんのところの」という声が。
 堂々としていればいい。気にしなければいい。たったこの二言が、馬鹿な父親のせいで、私を必要以上に過敏にしてしまう。
 私の家の事なのに、少年にまで何かあったらどうしようとか、煩い親戚連中ははたして少年に何を言ってくるのだろうとか。もう縁を切っているから心配をする必要性はないのだろうけれど、どうしても、不安になってしまう。
 「甘党ってことはさ、結構舌が肥えてるってことじゃない? 下手に甘いものをあげてがっかりさせるよりかは、むしろそういった無難でなおかつ賞味期限が長いもの、で、アレルギー云々で差し障りが無いようなモノ。これら全部がきっちり揃うって言ったらお煎餅かなって思ったんだけど、どうだろう?」
 この案がうまくいくかはわからない。けれど、助けてもらった身だ。
 もしもあの時、少年たちが調査としてあのお店に足を踏み入れなければ?
 もしもあの時、ほんの少しでも遅れていたら?
 もしも少年たちが「害無」と判断をして、調査を取りやめていたら?
 きっと私は今頃、この世にはいなかったのかもしれない。たとえ死んでいなくても、まだあの地獄にいたのかもしれない。
 だとすれば私が出来る「せめてもの恩返し」はなんだろうか、と考えた時、これぐらいしかなかった。お煎餅、と小さく呟いた少年。ケーキをワンホールの半分を一人前として食べるほどの人たちなんだ。下手に甘いもの、たとえばシフォンケーキや洋菓子などを与えたとして、「これがここのお土産? おいしくない!」なんて思われるのは、私だって嫌だ。
 お煎餅、お煎餅、と小さく呟く少年。本当に変わらない、私の中ではまだ小学生の少年なんだ。などと油断をしていた。
 「おねえさん、どれがおすすめですか? 地元民の意見を聞いてもいいですか?」
 懐かしさ満載で気を緩めていた私は、少年の予想にもしなかった攻撃に、顔から火が出るかと思った。ちょっとだけ首をかしげて、幼い子供の様に言う姿。しっかりと立ってないと後ろに倒れてしまうかと思った私は、思わず近くにあったものを手にしてしまった。
 「……………なんでお煎餅にしようかって話で、どうやったら浅漬けが出てくるんです?」
 少年がかわいいから仕方ないじゃないか! などといった言葉は絶対に言わない。口が裂けて言わない。二人きりの時でも言わない。思わず自分が手に取ったものを見て、たしかに浅漬けを手にしてしまったと後悔する。だめだ、頭が回っていないと思った時には何かを言って走っていた。店員さん、お店の中で走ってごめんなさい、なんて心の中で謝罪をする。
 お店の端っこの方まで行って、ふと目にした洋菓子。
 私、あのお店に何を買っていけばいいのだろうか?













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