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 「やっぱりお土産はここの名産品を選ぶべきだと思うのよね」
 おねえさんの故郷に来て二日目の朝。真っ赤に腫れた頬がいまだに痛い僕は、正直どれでもいいと思っていた。
 時刻にして一三時を少しだけ過ぎた頃。父親は、ご近所さん挨拶を行くからと、たった一人で大量の紙袋を抱えながら、ご近所さんに挨拶をしに行ってしまった。どうやら、僕のことを育児放棄云々で放置していたのではなく、自分の子供に会うことに、罪悪感を抱いてしまい会えなかったと知らなかったのは、息子でもある僕だけのようで。早朝の五時を半分だけ過ぎた頃、新聞を届けに来た六十手前のおじさんに「お父さんと和解できたか?」なんてことを開口一番に言われ、おおよそこの村の人たちは僕の家の事情を知っていたんだろうなと、思ってしまった。
 こんな父親はご近所さんへの挨拶回りでいない、というか一緒にはいない。僕とおねえさんだけなんだ。すれ違う人たちの視線が、なんとなく「あの狭間木お嬢」なのは、この際どうだっていい。問題はただ一つなんだ。
 「どれでもいいと思うよ?」
 あの、極端に甘党な先生へのお土産は、正直どれでもいいと思った。ケーキと一緒に飲むのは、コーヒー牛乳。
 いくらなんでも限界がある。僕が辛党の人間であるからだとかではないと信じたいし、信じていたい。他の面々は、とまで考えて、大した差はないと思い出した。
 「あの人たち、前に一人半ホール分のチョコレートケーキを食べてたし」
 辛党の自分からしてみれば、考えられない光景だった。
 とある地主さんの相談に弁護士として相談に乗った時だった。土地及び財産に関するすべてのモノは国庫に寄与したいとのこと。いくら何でもの要求に、慎重に聴けば合点がいった。すべてを受け継ぐことのできる息子さんは、幼い頃悲惨な交通事故に巻き込まれ死去。お嫁さんも一緒だったという。つまりは自分が死んだあと、仲の悪い弟には一銭たりとも財産を渡したくはないという。
 なるほどと思った。仲の悪い兄弟。というか、僕は今まで弁護士をしていて、その時になって初めて知った、自分の兄貴の嫁さんに手を上げる、手を出す弟がいる、ということを。
 だから財産を一銭でも渡したくはなかった。だから土地及び財産に関するすべてのモノを国庫に、との手続きを終えた後、その人はお礼としてチョコレートケーキをくれた。甘い物好きの先生は目を輝かせ、他の人たちも美味しそうに食べていた。
 「半ホールって………一ホールの半分ってこと? それ、すっごい甘党じゃ」
 あんまりの驚きに、目を大きく見開くおねえさん。
 「だからすごい甘党だし、逆に何でもいいんじゃないのって話」
 事実、先生だけでなく、あの事務所で働く僕以外の人たちのほとんどが、甘党だと思う。腕を組みながら深く息を吐くおねえさん。
 当たり前だろう。こんな甘党だけれど実は弁護士で有能集団、なんて、聞いたことが無いし、弁護士というイメージが崩れても、何らおかしくはない。
 やがて、おねえさんはゆっくりと口を開いた。
 「だったら、逆にお煎餅とかはどうだろう?」
 「……………何故お煎餅?」
 甘党なのにお煎餅? 僕は意味が分からずに聞き返してしまった。
 「甘党ってことはさ、結構舌が肥えてるってことじゃない? 下手に甘いものをあげてがっかりさせるよりかは、むしろそういった無難でなおかつ賞味期限が長いもの、で、アレルギー云々で差し障りが無いようなモノ。これら全部がきっちり揃うって言ったらお煎餅かなって思ったんだけど」
 どうだろう、とい小さく付け加えて言ったおねえさん。
 なるほど、と思った。
 たしかに弁護士をしていて、お礼の品として全国のいろいろな名産品をいただくことは、実は結構な確率である。本当は良いことなのか悪いことなのかは別として。この時に、お礼の品なのだから、言ってはいけないことを百も承知で言うけれど、アタリとハズレというのが、必ず存在する。
 美味しいものは確かに美味しい。
 けれど、これはちょっとお礼の品としてどうだろうか、正直に言うのであればあまり食べたくないな、と思うものもある。
 こうした事案が結構あるものだから、実はというと僕も甘いものに関しては舌が肥えてきている、自覚はある。甘党が多いということを知ってか、ほとんどの人たちが生クリーム系統の甘いお菓子をお礼品として持ってくる。
 けれど、だ。お煎餅やらは今までになかった。
 なるほど、意外といい案かもしれない。
 「おねえさん、どれがおすすめですか? 地元民の意見を聞いてもいいですか?」
 ちょっとだけいたずらっぽく言ってみた。僕はこの町の出身ではない。僕の出身地は、もっと都会で、人口が多くて、交通網も十分発達している都会だ。
 「………………これとかどうだろう?」
 数秒ほど返事が遅れたのは、おねえさんが考えていたから、ということにしておこう。どことなく顔が赤い気がするけれど、気のせいだと信じたい。
 おねえさんが「これは」と言ってくれたのは、透明色のパッケージに、緑色で商品名が書かれていた物だった。賞味期限がたしかにこれは一か月以上もつし、なによりもこれであれば確かに甘党ばかりの人間にはもってこいなのかもしれない。
 けれど、だ。
 「……………なんでお煎餅にしようかって話で、どうやったら浅漬けが出てくるんです?」
 袋にははっきりと『名産! きゅうりの浅漬け』と書かれていた。道の駅でお土産を探そうとしていた僕たちが馬鹿だったのか、あるいはおねえさんのうっかりなのか。またはきゅうりの浅漬けをなぜ名産にしようと思った業者が悪いのか。
 「ごめんなさい! こっちです、こっちでした」
 うっかりミスをしていたのだろう。おねえさんは顔をさらに赤くして手にしていた物を、「こっちじゃない」とお店の奥へと移動する。
 大丈夫だろうか、と思う。
 本日の予想最高気温は昨日と匹敵するほどの暑さ。昨日は長袖のスーツという地獄を味わった僕は、ずいぶんと涼しい恰好をしていると思う。と言っても普通のティーシャツにジーンズというラフな格好だ。昨日の地獄の長袖スーツは、本当に参るかと思ったけれど、今日は言うほどでもない。予想最高気温三六度は、確かに馬鹿げているけれど、昨日に比べたら、少なくとも僕はだいぶ涼しく感じられる。
 けれど、問題はおねえさんなんだ。僕に付き合わせてばかりで、一向に休息を取っていない。もしかしたら、なんてことが浮かんでしまった。
 「脱水症状とかだったらどうしよ」
 小さく呟いた声は、おねえさんには聞こえていなかった。おねえさんは、いつのまにか自分のお土産を買うことで集中していたから。
 ふと、視線がとあるものへ動いてしまった。これなら、甘党であり、そこそこ舌の肥えた人たちにも満足が行く。そっと裏面を見て賞味期限等を確認する。大丈夫、問題ないと判断したのは、数秒後。賞味期限が三か月はもってくれる。これであれば大丈夫なはずなんだ。











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