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 上から一二段目、下から数えても二一段目という中途半端かつ上から行っても下から行ってもどの道疲労感しか生まれない。そんなところに、ぽつんと存在した『藤咲家之墓』との文字に、私は場所を間違っていないかを、少年に言おうとした。
 「ねえ、ここって」
 場違いなのはわかっている。けど、少年の名字は『垣本』。ちなみに少年の実のお母様の旧姓は『東野』。これで『あずの』らしい。
 「間違いではない、と思う」
 ぽつりと、お墓をじっと見つめながら言った少年。どうしてそんなことがわかるの、なんて言おうとしたけれど、少年が手にしている一枚の紙切れに、さすがだと思った。
 少年は知っていたんだ、今日、自分の実のお母様のお墓まいりをするということを。自分は若手かもしれないけれど弁護士だから調べようと思えば調べることはできる。せめて自分の実のお母様の名前ぐらいは、調べることができる。
 「何も手土産を持ってこなくて悪かったな、フジミ」
 いつの間に入れたんだと思った。少年のお父様はバケツの中に入った水と桶をゆっくりと地面に置くと、ゆっくりと両手を合わせ、拝んだ。慌てて私も拝もうとした時だった。
 「藤咲さんところの旦那さんじゃあないですか。一体どうしたんですか?」
 『フジミ』さんが一体どなたかがすぐに判断できた私は、どこかで聞いたことのある人の声に、私も振り返った。手を合わせようとした少年も、慌てて振り返った。
 「墓参りだよ、フジミにも一応挨拶はいるだろうし」
 「挨拶って」
 どこか怪訝そうな顔で私と少年を見る男性。ああ、この人、この村の出身なんだと、すぐに判断できた。少年を見る顔は、いたって普通だったのに、私を見たとたんに『あの狭間木さんの所の御嬢さん』だとわかったのだろう。眉間にしわを寄せては、軽く頭を下げた。つられて、頭を下げる私と少年。
 「こっちに帰ってきたのって何年振りですか?」と男性。
 「なんだかんだ、何年になるんだろうな………二十年は過ぎてるよな、二五年とか?」と少年のお父様。
 それにしても、だ。私はお墓をまじまじと見る。随分と手入れをされていると思った。きっと少年のおじい様たちが懸命に手入れをしているのだろう。
 「フジミさん、喜びますよ……たぶんですけど」と男性。
 「あいつは、なんだかんだで子供の成長見れなかったもんな」と少年のお父様。
 だったら私いらないじゃない、挨拶はお父様と少年だけで良いじゃない。こんなところに来てまで思うのもなんだけど、どうして私まで少年のお母様、と思わしき方が眠っているお墓のお参りをしなければならないのか? 理由が分からない。わずかに、少年の肩が揺れているような気がした。
 「大丈夫?」
 少年のお父様と、一緒に話している男性には決して気がつかれないように、小さな声で言う。
 八月の盆時期はとても暑い。なのにスーツで、なんて無茶を言った少年のお父様。お父様の言うことを律儀に守った少年の格好は、長袖のスーツ。どう考えたって暑いはずなんだ。なのに、ゆっくりと首を縦に動かした少年は、どっこも大丈夫じゃなさそうな表情をしていた。
 お墓参りを極力早めに終わらせたい、なんて願望はない。けれど、このままでは少年の体力がどれほど持ってくれるだろうかと思ったけど、私の我慢が限界だった。
 「わたし、水を汲んでくるよ!」
 出来るだけ少年のお父様にも聞こえるような声で言う。バケツを二個、両手に持って井戸まで走る。ここまで来るときに、途中で見かけた井戸。あそこまでの距離は遠くはないけれど、またあの長い階段を上るともなれば、億劫だ。
 でも、やるしかなかった。本日の最高気温が三八度の中、長袖のスーツを着た少年に一分でも外にいさせたくなかった。出来るのであれば、今日は半袖で、倒れないような恰好をしていただきたかった。
 「あっつい!」
 ヒールのあるパンプスで階段を一気に駆け降りる。井戸は駐車場のすぐ近く。頑張るだ、私!






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