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 「ついたぞ、ここだ」
 少年のお父様が車を止めたのは、とある駐車場。もう少し詳しく言うのであれば、『芝原霊園駐車場』と書かれたところ。お盆時季ともあってか、家族連れやお花を片手に持った人たちがやたらと多い。ほとんどの人たちが小さな手提げ袋やバケツに造花と思わしきものを手にしている中、さすがに私は気が引けてしまった。
 「少年、本当にここで良いの? わたし車の中で待ってるよ?」
 さすがに、鈍い私だって気がついた。どうして今まで何も思わなかったのだろうか? 途中で『芝原霊園』との看板が見えていたのに。否、私は途中から車の中で爆睡を決めていたんだ。人様の車でこんなこと、いい年をしているはずなのに恥ずかしい、なんて思うのも束の間だった。ぐんぐん遠くへと進む少年と少年のお父様に、私は置いてけぼり状態だった。
 「何を言っているんですか、おねえさんも一緒に行くんですよ」
 なんの冗談だ。
 けれど、きっと一緒に行かなければ、本日の最高気温まさかの三八度という中、しかもちょっとの間とはいえお墓参りだ。飲み物を持っていない私からしてみれば、この数分の間だけでも、あっという間に地獄と化して、命日がお盆の日なんです、なんてことになりかねない。心の準備をする暇もなくとにかく少年と少年のお父様の後を追う。

 がっつりと腹を決めてきた私は、相応の格好をしていた。きっと何かを言われるのではないのかと勘違いをしていた私は、膝小僧が少しだけ隠れる紺色のスカートに、水色のカッターシャツ。さらにはちょっとだけおしゃれ感を出した涼しげな色をしたカーディガン。さらには履き慣れたちょっとヒールのあるパンプス。
 これでばっちりだろうと思っていた私は、まさか覆されるとは思わず、けれど自分の体力の衰えに、喘いでいた。
 「どっ、どこまでっ」
 さすがにこんなことまでは聞いていない。というかすごいのは少年のお父様だ。
 「あと六段は上るぞ」
 「六段?」と驚く少年。私にいたっては驚きのあまり声が出ないといった具合。それほどまでに進んでいなかっただろうかと思いながら後ろを振り返る。どうやら本日最大の目的でもあるお墓まいりのお墓は、かなり上の方にあるようで。
 ここ『芝原霊園』は、ど田舎の山を切り崩し、上へ上へと増設された霊園。一本の長い坂道には階段。この道の中央には手すりがしっかりとつけてあって、左右にはお墓がみっちりと並んでいる。下を見れば、結構登ってきたのだとわかるのだけれど、これだと上から行った方が楽だったのではないのかと思うほどだ。
 「仕方ねえべ……あいつも親戚中から煙たがられてたんだ………せっかく東京の国立大に合格して、就職先だって大手企業から内定もらってたのに妊娠したからって辞退しやがった大馬鹿者だ。子供なんかおろせば良いって、親戚中が騒ぎ立ててな。『安い土地になっても良いから、私のお墓はあの人たちとは別にしてくれ。もうあの人たちとは縁を切らせてくれ。私はもう関わりたくない』がアイツの口癖だったんだ」
 バケツを持った少年のお父様が悲しそうに言う。額からあふれ出る汗が止まらない。どこか、少年の背中が小さく見えた。
 「けどな」と少年のお父様が続けるように言った。
 「だからこんな土地になったんだ。要望通りに投資家の愛娘らしい都会の綺麗な霊園じゃなしに、交通網だって馬鹿みたい悪い。しかもなんもねえ田舎の霊園だ。しかし、今日はびっくりサプライズ付きだ」
 「サプライズ………?」
 一体何がサプライズなのかが全く分からなかった私は、急に左へ曲がった少年のお父様に、もう六段も登ったのかと後ろを振り返った。なんとなく、さっき振り返った時よりも、ずいぶんと景色がよくなったと思う。少年も同じことを思ったようで、田舎の町が一望できることに驚いていた。







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