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 ここ数日、やたらと居心地のいい夢を見るようになった。
 今まではというと、どちらかと居心地の悪い夢を見ていた。真っ暗なトンネルの中、出口も見えないで、走り続け、けれど途中で誰かからその足首を掴まれて、私は走ることもできなかった。顔も名前も知らない人と他愛なく会話をし、触れられることもあった。自分をごまかす技を身につけることもできたけれど、いつだって思っていたのは、このトンネルから抜け出したい、ただこの思いだけだった。
 けれど、ここ数日は違うトンネルから光がぱっと見えて、私はトンネルの出入り口に向かって走り、やがて、トンネルの出入り口付近よりも随分と手前で外に出ることができた。わけもわからず、あたりを見渡す。雲ひとつない綺麗な青空と、綺麗なお花畑は、私を感嘆させるのには十分すぎた。
 「おねえさん」と私の名前を呼ぶ少年は、あの時再会した衣服と同じ、黒のスーツに白のカッターシャツ、さらには紺色のネクタイをしていた。眼鏡をスーツのポケットの中に入れて、私の手をさし伸ばして、ゆっくりと言う。

 ゆっくりと瞳を開けば、見慣れてきた天井が、ぼんやりと、けれど確実に見えてきた。
 「ゆ、め………か」
 最近、私の夢によく出てくる少年は、どこかに私を連れて行こうとしている。ほんの半年近く前に比べれば、随分と穏やかで、居心地がよくて、平和な夢なのだけれど、少しだけ不安が残る。
 少年は、私のことを助けてくれた大切な人だと言ってくれた。ならば、私は少年に何ができるのだろうかと考えてしまう。私だって、少年に助けられたんだ。だったら何かをしたいと思うのは必然的な考えだと、私は思う。
 ぼんやりとした頭でゆっくりと身体を起こしながら、ふと、横で眠っている少年に気がつく。どうして私と一緒の布団で少年が眠っているのか、なんて考えはすぐに消え去った。身体に残る妙な感覚と、じんわりと痛む腰が、昨晩の出来事を思い出させるのには十分すぎた。
 「そっか、そうか」
 ぽつりとつぶやいた言葉は、決して少年に聴かれてはいけない言葉。
 異常なまでに渇いた咽喉も、妙に痛む腰も、きっと昨晩のことが原因なのだと思い、周囲を見渡す。私一人で暮らしているのであれば別に下着も来ていない状態で部屋を歩くことに違和感はないのだけれど、今は違う。少年が私のすぐ横で眠っていて、いつ起きるのかが分からないのだ。さすがにこんな状態で部屋を歩くのには気が引けてしまう。きっとそこらへんに下着が散乱しているのだろうと思った私は、胸元に布団を持っていき、ぐるりとあたりを見渡す。
 けれど、下着どころか、服が一枚もない。あったとしても、少年の衣服しかなかった。おかしい、白のカッターシャツも、紺のネクタイも、全部少年の衣服なのに、私の服が一枚もない。おかしいのにもほどがある、というかどうして布団の近くに私の下着をはじめとする一切の服がないんだと考え、渋々ながら立ち上がる。
 ふと、後ろを振り返り、少年がぐっすりと眠っているのを確認する。大丈夫、今なら起きることはない。せいぜい三分程度であれば大丈夫。この間に着替えもろとも済ませてしまえばいいと思った私は、ここからが速かった。
 部屋に衣服がないと判断すると、とにかく箪笥の中から一番上に置いていた下着を手に取る。素早く身に着けると、次は適当にティーシャツとズボンをしたから二番目の箪笥から取り出して着る。
 「おねえさん? おはよう」
 ちょうど私がティーシャツに腕を通した時に、ゆっくりと体を起こし、大きく背伸びをした少年。よかった、あと数秒でも早く起きられたらと思うと、背筋に冷や汗と悪寒が走る。いや、実際は体を見られているのだけれど。
 「おはよう、少年、朝ごはんとお弁当、もうちょっと待ってて。今すぐ作るから」
 実際、髪だってぼさぼさ。今起きたばかりだから手櫛で適当に髪を束ね、机の上に置いていたシュシュで結い上げるのは、若干女性としてどうかと思う。
 「………それじゃあ、布団片付けていますね」
 ゆっくりと起き上って、もう一度大きく背伸びをする少年。
 わたしは、きっとこの何気ない日常が、気に入ってしまったんだ。








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