018



 結局、夜の九時になっても、少年は帰ってこなかった。
 「遅いなあ」
 夕方の五時に本日のお勤めが終了した私は、スーパーの特売へ行き、今後一週間近い食材をたらふく購入し、おおよそ七時ごろに帰ってくるであろう少年の帰りを一人で待っていた。
 今日の晩御飯はカレー。少年がカレー好きだとは知っていたし、ずいぶんと前に教えてもらった。
 『好きな食べ物ですか? なんでもいいというのであれば、カレーをお願いいたします』
 夜の七時半ごろになれば食べれるようにと用意をしていた。
 けれど、少年は帰ってこなかった。
 「遅いなあ」
 現在の時刻、九時を少し過ぎ。テレビでは九時のニュース番組が始まり、アナウンサーが何かを言っている。内容なんて頭の中に入ってい来ない。ぼんやりと眺めているだけ。
 今日の夕飯の用意は完ぺきだ。いつだって帰ってきていい。カレーならできた。ご飯だって炊けたし、サラダだって用意できた。
 けど、少年が帰ってこない。きっと仕事で遅くなっているのかもしれないけれど、それでも不安になってしまう。
 「まだかなあ」
 机の上に置いた携帯電話を見る。着信がないので、きっと仕事が忙しいのだろうと思う。テレビ画面では二つ目のニュースが終わる。まだ帰ってこない少年にため息をこぼし、ふと思った。
 「先にお風呂入ろう」

 「相変わらずきっちりとした書類ね。いいわ、十分よ。お疲れ様でした」
 書類を先生に提出したのは、夜の九時頃だった。何の罰ゲームだと言わんばかりの書類は、どれも細かく、めんどくさいものばかりだった。こればかりは、時間を守らなかった自分が悪いのだけれど。
 「垣本くん」と先生から呼ばれた。
 「なんでしょう」
 まさか書類にミスがあったのだろうかと焦ったが、先生は全く別のことを言った。
 「君はお盆を休みとするから、お父様と一緒に行ってらっしゃい」
 一体何の話なのかもわからず、一体どこに行って来いというのか、と口から出そうになった。が、すぐに答えが分かった。
 「いいんですか?」
 おそらく先生の言いたいことは「お盆に父親と一緒に、母親の墓参りに行ってきてもいい」なのだろう。
 けれど、だ。僕の働いているこの事務所は、盆休みというのがない。年末年始の休みと、土日のお休みぐらいしかない。
 「何言ってんの! それぐらい私が何とかしてあげるわ」
 無い胸を張って言った先生。頼もしいのだけれど、どこか申し訳なかった。
 「ありがとうございます」と、深々と頭を下げる。
 僕の横にいる人間は、ひいこら言いながら書類をさばいている。先生の目が数時間後に行くこととなる「指定のファイルの中に入れておいて」の意味は、こういったことになるから、僕は昨日頑張って残ったんだ。
 「とりあえず今日はここまでよね? お疲れさま」
 にっこりと笑って言った先生。お疲れ様ですと言って、自分の机へ戻り、時計を見て顔が青くなった。
 もうこんな時間なのだ、と。






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