011
お風呂に出れば、案の定、おねえさんは布団にくるまれるように寝ていた。
自分はお風呂に関してあまり時間をかけない人間なのだけれど、お風呂に出ればぐっすりと眠っていたおねえさんを見て、ちょっと申し訳なかった。
おそらくだけれど、おねえさんはまだお風呂に入っていない。なのに寝てしまったんだ。きっとお風呂は明日の朝だ、自分があとから入れば、おねえさんは明日、いつもよりも早くに起きて、お風呂に入ることなんてなかったのに。そう思うと、自然とおねえさんの横に腰を下ろしていた。
「まだ、起きないで」
ぐっすりと眠っているおねえさんは、今であれば起きる気配は一つもない。
もしも、と思う。
もしも僕などのような人間が、おねえさんと一緒にいられることが許されるのであれば、おねえさんの手を取ることができるのであれば、願いたいと思う。
もう水商売は嫌だからと、腰まであった髪を、胸元までバッサリと切り落とした黒髪に、そっと口づけをする。起きていたら、きっと顔を真っ赤にして怒られること間違いなしだ。
けれど、今はおねえさんがぐっすりと眠っている。
ならば、おそらく許されるのではないのだろうか? なにも身体に触れているわけではないのだから。
「お休み、おねえさん」
僕は、そうとう疲れていたようだ。
当たり前かもしれないけれど。普段の倍以上の仕事量に加えて、二十歳を過ぎてから初めて知った両親の諸事情。心労と体力を大幅に削られて、当然だと思う。眠くなるのは、当たり前かもしれないと、僕はおねえさんの後ろで少しだけ、横になるつもりだった。
その日、とても懐かしくて、心地のよい夢を見た。
『おいで』
まだ私が小学生の頃、父親は一人娘の私と一緒によく遠くまで出掛けていた。あの日も、高速道を車で走らせること往復五時間の道のりを、運転がへたくそな母親の変わりに、父親が頑張って走らせていた。満開のひまわり畑に目を輝かせながらシャッターを切る母親と、ソフトクリームをほおばる私を、父親は何のためらいもなく、どこか楽しそうに私を招いた。
幸せな時間だったと、今だからこそ思える。父親の借金発覚も、母親の家出も、私が売られることも一切なかった幸せなときは、ほんの一瞬にして崩れていった。
ゆっくりと瞳を開けば、見慣れてきた天井がぼんやりと、次第にはっきりと見えてきた。部屋が、朝日でぼんやりと明るくなってきたことを考えると、もうそろそろ起きなければならない時間だ。結局昨晩はなんだかんだでお風呂に入ることができなかった。少年が家を空けている間に入ってしまえばよかったのに、なんて思いながらゆっくりと身体を起こし、ふと、横を見る。
なんだか変な違和感を抱いた。誰かが横にいるような気がして、ゆっくりと視線を落とす。
「っ!」
普段はスーツにネクタイでしっかりとした格好の少年も、家に帰るとなると普通の「少年」になる。紺色のティーシャツに黒のジャージのズボン。人様のファッションセンスに対してとやかく言うつもりも、おしゃれに疎い私が言う資格もないと思っているけれど、白の文字で『豆腐』と書かれた黒のシャツを着る少年は、一体どういったセンスをしているのだろうかと思う。
人のファッションセンスをどうこう言おうつもりだなんて、みじんこたりとも存在しない。
けれど、私はこのまま寝返りを打っていればおそらくは、まるで本物の恋人のように添い寝をしていたということになる。ぐっすりと眠る少年は、おおよそ昨日の、少年のお父様からのカミングアウトと仕事の疲れでぐっすりと眠っているのだろうけれど、私からしてみれば、どうでもよかった。
私の右手が、勢いよく振り落とされた。
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