07



 「いやあ、本当に奇遇だったよ」
 人が頑張って働いた金で、堂々とアルコールを口にする父親を殴りたいと思った。
 本当だったら、おねえさんと一緒にご飯を食べて、明日も早いからと、お風呂も早々に済ませて寝てしまおう。おねえさんも僕も、明日は仕事だから、さっさと寝てしまおう。なんて思っていたのに、本当に今日は運がついていない。
 「生きてたんだ?」
 「おいおい、実の父親に向かってなんっつうことを言うんだ。悲しいじゃねえか」
 再びアルコールを口にする父親。黙々と台所で家事をしているおねえさん。本当だったら、実の父親の前におねえさんを出したくはなかった。
 「ところで、ケンよ」と、ぼろぼろの布切れを着た、わずかに酒臭い父親が僕の肩を組んだ。やめてくれないかな、今着ているスーツ、お祖母ちゃんが奮発して買ってくれたものだから、お酒や煙草の臭いをつけたくはないんだ。
 「どこであんな美人さんを見つけたんだ?」
 言うと思った言葉に、僕は父親の腕を無理にはがす。
 「どこだっていいだろう? というか、七海さんはどうしたんだ?」
 『七海』と書いて『なつみ』と読む、僕の母親。もう顔もおぼろげでしか覚えていない。
 「…………七海? 誰だそれ?」
 案の定だったかと、ため息をこぼして立ち上がる。
 僕が幼い頃、父親は幾人もの女性と交際をしていた。よく言えば「いろんな女性の人たちから好意を抱かれる」、悪く言えば「節操無しに女性を受け入れる」な父親は、おそらく僕の実の母親のことも覚えていないのだろう。こんなんだから同じ相手と何度も結婚と離婚を繰り返すのだと思い、父親の荷物を手に、玄関へ向かう。
 「おい、一体何をす」
 「悪いけれど、もう用はないだろ? 自分の子供の生存確認が出来たんだから。飲んだ酒代は払わなくたっていいから、出て行ってくれないか? あなたの息子さんは今の生活が気に入っているんだ。これ以上長居をするようであれば容赦なく警察も呼ぶし、酒代も請求する」
 かなり乱暴に父親の荷物を床に置く。
 「何言ってんだお前。いつからそんなに偉くなったんだ?」
 おそらくこの人は行くアテがないのだろう。やたらと思い鞄が三つ。ぼろぼろの布切れのようなものを着ている。穴の開いた靴と靴下。おおよそ、どこかの女性に愛想をつかれてしまい、家を出て行ったはいいものの、行くところがなく、路頭に迷い、たまたま実の息子とばったり出くわした。そんなところだろう。
 けれど残念だ。
 僕は今の生活が気に入っている。月一での祖父母へのお手紙。おねえさんと一緒の生活。優しい先生にお互いを磨き上げていける同僚と、何かあれば自分に尋ねてくる可愛い後輩。こんな幸せな生活を、この人に壊されるだなんて、真っ平ごめんだ。
 「酒代を通常の三倍以上の値で請求してもいいのであれば、長居すればいい。けれど無いなら、お願いだから出て行ってくれないか? 出来れば今後二度と、親子としてはもちろん、他人としての関わりを持ってほしくないんだ」
 実の父親の胸元に、カバン三つを差し出す。おおよそ、これ全部で一〇キロ程度だろうか? 「ちきしょう」と小さく言った父親は、カバンを強引に奪い返すと、穴の開いた靴に足を通し、やがてばたばたと部屋を出て行った。
 意外なもんだと思った。
 「あっさり手を引いたな」
 もっと時間のかかるものだと思っていた。やれ金をくれ、弁護士のピンバッチをつけているのであればお金を持っているだろう、俺はお前の子供だだのと言われるのだと思っていた僕は、
 「今すぐ謝ってきなさい!」
 瞳を真っ赤に腫らし、涙をこぼしながら言ったおねえさんに、僕は意味が分からなかった。







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