06



 「ごめんね、おねえさん」
 まさかこんな時間まで遅くなるとは思いもしなかった。本来であれば、もう少し早く終わると思っていたのだけれど、現実はもっと厳しかった。やっと終わったかと思ったら、緊急で資料作成が八件も来るなんて、一体誰が予想しただろうか?
 「仕方ないよ、仕事だもの」
 やさしく笑って、許してくれるおねえさん。なんだかとっても悪いことをしているようで、申し訳なかった。時刻は日付が変わるほんの数分前。仕事が終わったのがつい一五分ほど前だったから、残業は時間は何時間だったのだろうかと、考えるのも億劫になる。
 「お仕事お疲れ様です」と笑いながら、僕の頭をなでてくれるおねえさん。僕は身長が決して低いわけではないのだけれど、おねえさんも決して高いわけではない。僕はごく平均的な身長をしていると思うし、おねえさんも女性としてはやたらと高いということはないし、低くもない。なのに、背伸びをして僕の頭をなでてくれるおねえさんは、母親をろくに知らない僕に、母親を与えてくれているようで、どこか安心してしまった。
 「おねえさん」
 僕は聞きたいことがあった。どうしてもおねえさんに聞かなければならなかった。
 おねえさんが退院してから半年も経つというのに、まったく返事をいただいていなかった。僕はせっかちということはないはずなのだけれど、少しぐらい気になってもおかしくはないと思う。おねえさんに好きな人がいるのであれば、僕はそれで仕方ないと思うし、お姉さんが幸せになってくれるのであれば、僕はその人のところに行ってほしいと思う。
 けれど、もしも本命の人がいないのであれば。
 もしも、好きな人がいないのであれば、僕のことはどう思っているのだろうか? ぴたりと足を止めてくるりと振り返る。
 「僕は―――」
 ずっと気になっていた。
 おねえさんのお母様は、お姉さんと一緒に住むことを酷く拒んでいた。
 おねえさんのお父様に関しては、自分に娘がいるということを思い出したくなかったらしく、話にならなかった。一人で生活できるほどの経済力がなかったおねえさんは、結局「誰かと一緒に暮らすことができる安心感と、経済的に若干の余裕が生まれる」という理由だけで、僕と一緒に住むことになった。
 けれど、おねえさんに「本命の男性」はいないのだろうか?
 一緒になりたいと思う男の人はいないのだろうか?
 おねえさんは、僕なんかと一緒に住んでいて、本当にいいのだろうかと、ずっと聞きたかった。聞きたくても、ずっと聞くことが出来なかったことを、今ならいうことができると、確信できた。
 「ケンか?」
 ふと、後ろから聞こえた声に、なんなんだと振り返り、
 「お前、なんでこんなところに」
 心底会いたくない人との再会をしてしまったと、後悔した。





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