03



 朝礼のチャイムが鳴る五分ほど前に、本来であれば教室に着くはずだった。
 「源、少しいいか? 進路調査書、出してないのお前だけなんだが」
 ほんのたまたまだった。進路指導担当の教諭から廊下ですれ違った際に言われた。
 「そんなはなはずはないと思います。巻元(まきもと)さんたちと一緒に出したはずです」
 「その巻元たちの分はちゃんとあるぞ? でも源、お前の分だけがないんだがな? プリントを無くしたとか、提出するのを忘れたとか、この類のは、ちゃんと『すみませんでした』と言うべきであって、今のお前見たく出しましたってのは、ただの言い訳だぞ?」
 「でも、わたしはちゃんと提出しましたよ?」
 「だから言い訳はやめなさい。締め切りは昨日だったんだぞ? 今から指導課に来て、用紙を書きなさい」
 もうすぐで五十になる目の前の男を、少女は今ほど殴りたいと思ったことはなかった。
 たしかに自分は提出した。クラスメイト女の子たちが「進路指導の山谷(さんたに)先生が怖いから、一緒に来てほしい」と言っていたのが、一週間前。プリントが配られたのも、一週間前。どうせ進学するお金もないのだからと、就職と書かれた欄に丸を付け、必要事項をしっかりと記入し、提出したのも一週間前だ。彼女たちのもまとめて提出したのだから、彼女たちの用紙があれば、自分のもあって当然だと思っていた。
 「だから私はちゃんと」
 「源は謝ることもできないのか?」
 今度は少女の言葉を最後まで待てなかった男性。五秒ほどの沈黙が流れると、彼はため息をこぼした。
 「担任の先生には黙っておくから、今から進路指導の教室に来なさい」
 「……えっ? でも」
 「源も後になって『どうしてこんな重要な書類を提出しなかったんだ? プリントを無くしたのであれば、素直に言うべきではないのか?』と、他の先生から言われたくはないだろ? 予備のプリントが数枚ぐらいならあるから、一緒に来なさい」
 「でも、私は」
 「朝礼なら大丈夫だから。先生がちゃんと言っておくから」
 違う、そうじゃない。私はちゃんと提出しました。
 どうしてもこの言葉が口から出てこなかったのと同時に、教室から真反対の方向に位置する進路指導課の教室に、今からはどうしても行きたくなかった。
 遠すぎるのだ、教室と進路指導課の教室が。棟だって違う上に、無駄に広いこの学校。移動が大変なのは、何も少女だけではない。朝礼三分前になり、進路指導室へとたどり着いた少女は、絶句した。
 「プリント、予備のプリント………………どこだっけか?」
 頭をかきむしり、ノートやファイルに書類が無造作に積まれ、山と化している机の上をあさる男に、少女は何も言えなかった。こんな状態では物を無くしても当然だ。むしろ、この状態で物をなくすな、と言うほうがよっぽど無理に近い。よく見なくても、机だけでなく、床にまでファイルや生徒が提出したと思われるノートが山と言う山を作っている。乱雑に積み上げられた本は、今にも崩れ落ちそうだ。
 山を作る本には科目ごと、学年ごと、クラスごとに分かれてはいないということを見ると、おそらく「なんとなく」や「適当」に重ねられたのだろう。少女は室内をぐるりと見わたし、時計を探す。
 タイムリミットまでおおよそ二分。のんきな人であれば、この学校の広さを知らなければ、あと二分もあるのだと、笑いながら教室まで歩いていくだろう。
 「どこにやったかな」と口にしながら言う男に少女は早くしてくれ、早く見つけてくれと祈る気持ちでいっぱいだった。
 「ああ! あった! あったよ! 悪い源、先生の勘違いだったわ」
 へらへらと笑いながら、名前を記入する欄には「源鈴」と書かれ、就職の部分に丸が付いた用紙を、左手でひらひらとさせる男。
 時刻は、チャイムが鳴る三十秒前だった。











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