04



 朝から本当に悪運が強いと、ため息をこぼす。奥様方五人衆と出くわしてしまったこと。二日前に買ったばかりの上履きが、もう無くなっていたこと。進路指導課の教諭のいい加減すぎる管理により、進路調査書の未提出との疑いに加え、朝礼に遅刻。今までどんなことがあったって、遅刻と欠席、さらに早退はしてこなかったから、皆勤賞も夢ではないと確信していたのに、悔しさが残る。
 『あの先生が原因で遅刻をした? 馬鹿を言うな。自分のミスを他人のせいにするんじゃない。加えて相手は先生なんだから、そんなことを言ってはダメだろう』
 足が絡まって転んでしまうのではと思うほど、体育の授業でも出せるかどうかの力をすべて出して、とにかく全力で走った、つもりだった。それでも「朝礼後に教室に着いたのだから遅刻として扱われるのは当然であり、異論は認めない」と言った担任の彼は、とにかく機嫌が悪かった。
 「機嫌が悪くなるのはこっちなのに」
 大きなため息とともに出た小言を口にした少女、源鈴は、トイレの個室を出ようとした時だった。
 突然だった、首元がひんやりとした。ぽたりと、何かが落ちたような気がした。それが水滴だとわかった時、個室の外から誰かの声がした。
 くすくすと笑う声ではない。誰かを嘲笑う声が、鈴の耳元に響いた。
 誰かが言った、これで少しは綺麗になったでしょう、と。
 綺麗になった?
 一体何が、どう綺麗になったのかと思い、鈴は天井をじっと見つめる。このトイレの個室に入る前と何ら変化はない。数年前に工事をしたばかりなので、敢えて再び工事をし直す必要性はない、綺麗でぴかぴかなトイレ。
 ならば何か? 
 一度扉が閉まる。少しだけ音を立てて扉が閉じると、鈴は慌ててトイレの個室から出て行く。
 この階のトイレには、個室が四つ存在する。それぞれ入口に近い個室から順番に「壱」「弐」「参」「四」と、黒のマーキーペンで太く、はっきりと書かれている。鈴が入っていた個室は「弐」と書かれていたところだ。隣の「壱」や「参」に、どこか濡れているような跡はない。
 ならば、彼女たちの「綺麗になった」は、一体何か? 
 ふと、てあらいばに、乱雑に置かれたホースが目に入った。もう一度だけ「壱」と「参」を見る。濡れた様子は、どこにもない。
 ならば、この雑に置かれたホースは、一体何なのだろうか? 数秒ほど考えた鈴は校舎内全体に響くチャイムで、慌ててトイレを出て行った。
 間違っても自分は何も言われない。自分はホースを出した記憶もない。怒られるのは、せいぜいホースを出した彼女たちぐらいだけだ。
 次の授業はなんだっただろうかと思いながら、廊下を走る。急がなければ間に合わないことだけは事実だ。





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