02



 『幼い鈴ちゃんたちには何の事だかわからないでしょう? 叔母さんたちがすべて管理してあげるから』
 『まだ幼い二人には理解できないでしょ? 私たちに全部任せて頂戴!』
 まだ小学校五年生だった少女の前に、彼女たちは口を開き、胸を張って言った。
 『でも、お姉ちゃんにもひとこと言っておかないと』
 『大丈夫よ、私たちが何とかするから』
 一体何が大丈夫なのか。娘は一人ではなく二人だ。
 あの両親には娘が二人いる。
 姉と自分の、二人の娘がいるのだ。
 なのに、どうして幼い自分にばかり言うのか。
 この理由が分かった時、自分たちの手元には何も残っていなかった。
 『どうして渡してしまったの?』
 冷静に言った姉の声は、低かった。いつもはもっと優しくて、美人だと思っていた姉が、この時ばかりは怖いと思ってしまった。
 『ごめんなさい』
 本来手元に残るはずのものが、何一つとして残されていない。何も、ないのだ。
 一家の大黒柱もいない。収入源だって、当時の少女の姉は、まだ高校生だった。限界がある。
 だから少女の姉は看護師を目指し、夢を捨てた。
 たった二人だけで生きていく。これが、一番の道だと信じていた。収入の乏しい「普通の専業主婦でお嫁さん」よりかは、「高収入で、そこそこの地位が得られ、たった二人だけでも十分生きていくことのできる仕事で、かつ世間体にも認められている仕事」は、これしかなかった。
 また、同時に少女もこの時から正しく自分の境遇を理解できていた。
 だからこそ、なのだ。
 「またか」
 学校の下駄箱で、少女は足を止めた。本来であればこの中に入っている物が、入っていない。上靴が、ないのだ。家に持って帰って、持ってくるのを忘れた、ではないし、自分の上靴を入れる場所を間違えたりもしていない。大きくため息をこぼして、そっと木製の下駄箱に触れた。
 今から上履きを買いに行こう。今日は少し早く学校に来ておいて正解だったと思う半面、少女は強く歯をかんだ。今月に入ってから、何度買いなおしたかわからない上履きと、体操着に教科書。おかげさまで、購買部で働く六十代女性からは、誰よりも早く名前と顔を覚えてもらった。人から自分の顔と名前を覚えたもらうことは、決して悪いことではないはずなのに、理由が「これ」であれば、どうしてか、腑に落ちない。
 この学校に入ってから三か月ほどで「孤児の回されっこ」とのうわさが広まり、気がつけば、普通の生徒よりも購買部へ行く回数が多くなった。
 ゆっくりと後ろを振り返る。時計の針は、まだ朝礼まで十分時間があると正確に教えてくれる。またいかなければならないと思いながらも、重い足を動かし、決して意図的に取り入れたわけではない。
 「ご両親亡くなって、お金がない不要な子が、三日で上靴を買い換えなんて」
 「一体どこからそんなお金が出てくるのかしら?」
 くすくすと高笑いをする彼女たちの手には、スクールバッグがない。綺麗に手入れされた制服。汚れとは無関係と言わんばかりに、しっかりとしわもなく凛としている。さらさらな黒髪も、白くて長い指先も、すべては彼女たちが「孤児の子よりも上な生活をしている自分」を見せつけるのには十分すぎる。
 「忘れたわけではないわ」と、少女が続けるように言った。
 「どこかの誰かが私の上靴を持って行ったの。もしくは上靴が勝手にどこかへ行ってしまったの。あなたたち、よかったら探すの手伝ってちょうだい? 私にはお金がないんだし、新しく買うのも億劫だもの」
 にっこりと満面の笑みを見せる少女は、この言葉を口にすれば相手が何を言い、どう思い、行動に出るのかを、よく理解していた。
 顔を赤くし、大股でどこかへと行くクラスメイト達の背中が見えなくなった後、少女はただ一人、小さくつぶやいた。
 「………全部知ってるんだから」










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