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 「覚えてないって、どいうこと?」
 彼は、信じられないことを平然と言った。
 「言葉通りだよ。お前さんのことを覚えてない。ただそれだけだ」
 私は、彼の言葉を信じられなかった。
 私とお姉ちゃんはずっと一緒だった。
 『まるで疫病神よ』
 両親が死んだ日、親戚の人たちが私たちを見ては、気味が悪ように言った。
 『いくらご両親が仕事の関係で出張だか何だかで事故に巻き込まれたからって、それで普通姉妹二人も面倒をみてくれっておかしな話でしょう?』
 『こっちも急に二人も面倒なんて、みれないわよ』
 『そうよ、私たちだって生活があるのに』
 『だいたい血がつながっているとは言っても、勝手に相手のことを好きになって、許可はあったかもしれないが、遠方に嫁いだ人間の子供だろう? 一体どこの誰がそんな姉妹の面倒をみるっていうんだ』
 『そんな子供二人も面倒をみてくれなんて、無理があるわ』
 『一体どんな顔で話せというの? 冗談じゃない』
 『お金もらえるだけもらえばいいのよ。あとは向こうも生まれたての赤ん坊じゃないんだし、勝手に育つわよ』
 あの時、私たち姉妹は親戚からずいぶんと言いたい放題の言葉をいただいた。
 『鈴、よく聞きなさい』
 真っ赤な瞳で、私の目をしっかりと見ながら言ったお姉ちゃん。
 『私はもうあの人たちの言葉を信用することはできない。これからはもう、私たちだけで生きていくの』
 あの時のお姉ちゃんの服は、最初に選んだ高校の制服だったけれど、所々破けていた。今であれば、きっと何かしらはあったのだろうと、想像がつく。
 私とお姉ちゃんは、あの時からずっと一緒だった。親戚なんてあてにならない。私たちを『疫病神』と『お金目的』としか見てこなかった人たちから逃げて、もう関わりが無いように生きていくために。
 なのに、なんだ。
 「覚えてないって、どうして?」
 信じられなかった。
 「お前さんさあ、見てなかったのか? お前さんのお姉さんがあの学校で、食べ物を口の中に入れただろう?」
 あの学校?
 食べ物を口の中に入れた? 一体何の話だか分からなかったけれど、まさか、とすぐにわかった。
 あの学校とは、調理の専門学校として有名なあの学校であって、食べ物を口の中に入れた、というのは、味見として、たしかにお姉ちゃんは食べ物を口の中に入れていた。
 それでも、なんだ。
 「…………一体何の関係があるの?」
 どくん、どくんと、心臓が高鳴る。まさか、違うと言ってほしかった。
 「お前さんさあ、ゲームとかしないわけ?」
 突然だった。呆れたように男の人が言った。
 「お金ないから、ゲームは、しない」
 当たり前だった。看護師の姉と二人暮らし。いくら姉が看護師とは言っても、私たちの家にゲームを変えるほどの経済的な余裕はどこにもなかった。
 「じゃあ、異世界の食べ物を食べたらそこの住人になれるとか、異世界に迷い込んだら、そこの世界の食べ物や飲み物を一切口にしてはいけないっていうことも知らないってことか?」
 「…………えっ?」
 意味が分からなかった。
 だって、彼の言うことが正しければ、お姉ちゃんはあの時、調理として有名な専門学校で、グラタンを堪能していたし、なによりも味付けの確認として、しっかりとホワイトソースを口にしていた。
 もしも、彼の言うことが正しければ、お姉ちゃんは、なんて考えが私の脳内をぐるぐるとまわる。
 「お前さんの考えている通りだよ」
 彼が言った。
 「あの学校でお前さんのお姉さんはグラタンを作るべく調理室で、ただ唯一の試験合格者に指導をしてもらい、味付けやらなんやらでホワイトソースを口にし、さらには出来上がったグラタンを食べたんだ。それだけでなく、たまたま学校のカバンの中に入っていた飲料水を口にし、結果」
 「もうやめてよ!」
 もう限界だった。
 「もうやめてよ、元に戻してよ。私、お姉ちゃんと一緒に住んでたんだよ? なのに、なんてことしてくれたの? 私はお姉ちゃんと、これからずっと一緒に住む予定だったのに、なんてことをしてくれたのよ! あなた、魔法が使えるんでしょう? 人の願いをかなえてくれるだけの力があるんでしょう? だったら元に戻してよ!」
 瞳からあふれる涙が止まらなかった。ぐっと彼の衣服を掴みながら、頭の中では彼と出会う前のことが、何度もぐるぐるとまわる。
 「無理だな」
 ばっさりと切り捨てるように言った彼は、私の手を容赦なく振りほどいた。
 「たしかに俺はお前さんの願いをかなえてやることはできる。けれど、それ以上の要求にこたえることはできない」
 あんまりにもはっきりと言った彼に、私はどうすることもできなくて、ただその場にうずくまることしかできなかった。











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