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 「いい、鈴? これからは姉さんと二人で生きていくの」
 小学校五年生の冬、両親を亡くした私に、姉はしっかりとした瞳で、はっきりと言った。
 この理由は大きくなる前にわかった。
 葬儀で、仮にも「自分の身内」が交通事故で亡くなったのに、頭の中で算盤をはじき、もしくは電卓をたたき、新築の家を買いましょうと口にする親戚たち。
 姉は高校生だったけれど、この人たちに任せてはいけないと、当時判断したのだろう。彼らの目に入らないところで、小さく言った。
 「おばさん達には何が何でも頼らない………いや、頼っちゃいけないの。これからは鈴と姉さんと二人だけで生きていくの」
 小学校五年生だった私にも、ぼんやりと判断できた。
 あの人たちの言うことを聞いてはいけない。姉と、たった二人だけで生きていくのだ、と。
 「うん、わかった」
 しっかりと頷けば、姉は安心した顔で笑った。
 あの時、震えた体で、私をしっかりと抱きしめてくれた姉さん。
 決して仲が悪い姉妹ではなかった。ただ、年が離れすぎているだけで、他には何もなかった。一緒に買い物に行くことも、多々あった。
 「鈴は、姉さんが護るわ」
 強く抱きしめてくれた姉の態度で、私はこの時やっと気がつき、理解できた。
 わたしは、姉以外に頼れる人間がだれ一人としていないのだと。

 「それでは行ってきます」
 玄関の扉を開ければ、白い吐息が寒さを教えてくれる。もうそんな季節なのだと。
 桃色のマフラーをしっかりと巻き、コートのポケットから白の手袋を取り出すと、冷たく厳しい冬の風が、少女の頬を通る。「今季一番の寒さです! 風も一段と冷たいので、しっかりと防寒対策をしてお出かけをしましょう」と今朝の天気予報に出ていた年配の女性が言っていたが、冷たいを通り越して痛く感じる冬風だ。あんまりの寒さで赤くなり、震えた手に、慌てて手袋をはめる。
 「もう五年も経つんだ」
 全く感じることのなかった。
 ただ、頬を化する冬の痛く冷たい風が、白い吐息が、もう五年になるのだと、教えてくれる。早いのか、はたまた長いのかすらわからない。
 あの時高校生を一月ほどで卒業する予定だった彼女は、今ではもう立派な大人となっていた。片手に飴を持ち、桃色のワンピースがよく似合っていた幼い少女は、あの時の彼女と同じ制服を着ている。
 心の中がすっきりしてくれない中、マンションの階段を一段ずつ降りていく。好きで短くしているわけではないスカートが、ひざの上で揺れる。
 「寒い」
最後の階段を降りてでつぶやく。 こういえば、少しは暖かくなるとは思ってもいない。もしもそうだとすれば、何十回と言って、冬場でも暖房いらずですごしたい。
 ごみ袋を片手に、もう片手にはスクールバッグの状態で、花を赤くしながらごみ収集所へ向かう。
 「本当に勘弁してほしいわ」
 不意に届いた声が、少女の肩を揺らした。ほんの少し離れたごみ収集所に、五人の女性たちが輪を作っていた。
 「いっくらご両親を早く亡くしているからって、ここに風俗嬢がいるなんて、外聞悪すぎよ」
 「看護師さんをしているから夕方出かけて朝帰りって、少しは周りのことも考えてほしいわあ」
 「看護師なのでって言えば何でも許されるとでも思っているのよ」
 「図々しいわあ、世間知らずの小娘が」
 知り合いと言えば知り合いになる。同じマンションの奥様仲良しグループ。少女は彼女たちのことを、いつもこう呼んでいた。毎日毎日同じことを口にしては、とてもうれしそうに、楽しそうに話す彼女たち。会話の内容は、大体知っている。
 「おはようございます! 今日もいい天気ですね!」
 わざと大きな声を出して、わざと嫌になるぐらいの笑顔で、はっきりと口にする。すると、彼女たちは話題のターゲットにいちばん近い人間が、今日も笑顔で自分たちの近くに寄ってきた、邪魔でうっとしい馬鹿な子が来た。彼女たちがこう思うことを、少女はよく理解していた。
 「おはよう鈴ちゃん。今日もお姉さんはまだ帰ってきていないの?」
 「はい、姉は夜勤をたくさんしているのでまだ帰ってきていないんです」
 仲良し五人組の彼女たちの間をくぐり抜けるようにして、ごみ袋を指定の位置に捨てる。すべての怒りをぶつけるように。
 「まあ、毎日お仕事大変ねえ」
 「二人だけで生きていくのは大変でしょうけれど、何かあったらちゃんと言うのよ?」
 少女は少しだけ口を開けた。出かけた言葉と感情を押し殺して、満面の笑みで言った。
 「ありがとうございます」
 ふつふつとわきあがる怒りに、無理やり「馬鹿野郎」の言葉と冷水をプレゼントする。
 この仲良し五人組は、こんなこと一ミリたりとも思っていない。口では、どんなことだって言えるのだと、両親を亡くしてから知った。








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