第一話 01



 「今日はリンゴをもらおうか」
 魔界には天使と悪魔が共存する。
 「あいよ、いくつ?」
 最悪の風習とも謳われた親族殺し、別名肉親殺しは、三年前を境に、ぴたりと止んだ。
 「いつもと同じ数で」
 生命のありがたみを重んじた教育方法は、最初こそ批判が途絶えることなかったが、次第に魔界に住む天使と悪魔は目を覚ましたかのように、己の家族を大切にし、命のありがたみを思い出した。
多くの者が愛することも、愛される大切さも、気がついたのだ。今までに決してありえなかったことを行った革命者は、すぐに魔王様となった。誰も彼が魔王様になることについては反対をすることなどなく、むしろこれからこの世界は上手くやっていけると、皆が自信満々に思い込んでいた。
だが、実際に蓋を開けてみればとんでもない化け物だった、と気がついたのは一部の者のみで。
 「魔王様? ご公務はよろしいのです?」
 小さな天使がリンゴの入った紙袋を渡しながら口にした言葉に、彼は戸惑いを見せることなく言ったのだ、「私に公務など必要ない」と。ふわふわと緩やかな円を描き、腰までのびる金色の髪に、上質な布でこさえた真っ白なワンピースは、腰の部分に薄い水色のリボンが巻きついていて、後ろでリボン結びをしている。ぷっくりとした瞳が印象的な彼女の頭を撫でると、太陽のように笑うのだから、魔王様と呼ばれた彼も、当然のように驚いてしまった。

 別れを告げると、魔王様はどこへ行こうかと大空を眺めた。特別な視察をしているわけでもなく、言葉を良くすれば、町の安全を見守るために元軍隊総督だった自分がこうして街を歩いている。悪く言えば公務をサボりたいが為に城の外へと抜け出しては、こうして行く宛てなどなく、街を歩いている。
 「さて、これからどうしようか」
 両手に抱えた紙袋の中に入ったリンゴは、軽く十はあると予想される。だが、紙袋の中に入っているリンゴに一切手を出すことなく、魔王様はフラフラと歩き、ふと立ち止まった。
 「……いつもは右だもんな」
 魔界のセントラルタウンとも言えば、政界の中枢地区でもあり、流行の発祥地、さらには一部の者しか受け付けない高級住宅街とも言われ、住むことのできる者はごくわずかであったが、この話もたった数年前までを境に多種多様の者が居座る事となった。
彼は現実を知っていたし、背を向けることなど一度もなかった。
魔界でセントラルタウンに住んでいる者がどういった家庭環境の中に置かれているのか、他の住居地で住んでいる者が、一体どういった者なのか。
知らないはずはなかったし、むしろよく知っていると思っていた。
だから、いつもは右に行く道を左へと足をのばし、歩くこと数分。セントラルタウンであれほど見てきた高層ビルは少しずつ姿を消してゆく。
やがて姿を現したのは、嗅覚が麻痺するかと思うほどの異臭と絶句するしかないほどのスラム街だった。スラム街、と言っても街ではない。元々は大きな広場だったのだろう、広場の中央には下手をすれば、ごく一般的な建物の二階分に相当するほどの、大きなゴミ山が場所を占領していた。鼻がへし折れるほどの異臭はこれだったのか、と納得し、自分の知識がどれほど浅はかであったのかを知った。
書類では格差の問題は気にするほど浮かび上がってくることはなかったし、ましてやこういった現状があることも、魔王様は知らなかったわけではなかった。どうにかしましょうね、と城で働く者は誰しもが言っていた。
 「……つまりは後回しってわけか」
 軽い舌打ちと共に、ふと、ごみの山の天辺を見上げて、思ったのだ。
一番上には、いくつかは分からないが幼い女の子がいたのだ。フラフラとした足取りは、見ている魔王様でさえも恐怖心を抱いてしまうほどなのだが、どうしてここに居る他者は、なんとも思わないのだろうか?
 「危ないな」
 こういった小さな呟きでさえも、ここでは機械音によって掻き消されてしまうのだから、魔王様はごみの山に重い足取りで近づき、上空から小さな音が辺りに響いた。カン、という何かを踏んでしまった音は、直接見なくても分かる。
 ここはごみ山。
上から聞こえたという事は、誰かが上で空き缶を踏みつけてしまい、足元のバランスを崩してしまったのだろう。証拠と言わんばかりに、上空では魔王様が心配していた少女がふわりと体を浮かせ、少女が踏みつけたと思われる空き缶は、少女よりも空高く舞い上がる。
 「……だから、嫌な予感がしてたんだ」
 魔王様は両手で抱えていた紙袋を片手だけで持ち、更なる不安が的中した。
カン、という良い音がしたので、何かと思った、ごみの山にいた他の少年少女たちが大空を見るように顔を上げ、足元をおろそかにしてしまい、バタバタと大空へと体が放り出されてしまったのだ。
た。













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