prologue 2



 親族殺し、別名肉親殺しとも言われる風習は、魔界では取り立てるほど珍しいものではなかった。魔界に住む私たち、天使と悪魔は、己の身を守るためであれば血筋の繋がった家族を殺すことに、何の躊躇いもなかった。ある意味人間よりもエゴだった私たちは、ごく普通に行われていた事柄に、違和感を覚えることも、ましてやおかしいと思うこともなかった。
 「お邪魔します、ユウ君いらっしゃいますか?」
 私の幼馴染でもあり親友でもあるユウは、いつもなら絶対に休まない学校を、今日は珍しく休んだのだ。成績優秀だけど影の努力を知っている私は、親切心の意味合いも込めて、ユウの家にお邪魔しようと思った。インターホンを鳴らして早二十秒が経過したけど、全くと言っていいほど応答がない。いつもならバタバタと奥さんがスリッパ鳴らして、あらいらっしゃい、なんて言うのに。この日に限って無反応だった。
 失礼ではあるけど、返事がないので、勝手に家の中に入らせてもらう。誰かがいるような気配は一切なく、むしろ旅行中に鍵をかけずに家を空けてしまった、とでも言うべきか。
 幼馴染の自宅には誰かが住んでいるという気配は一切ない。私の身体を冷たい空気で包み込んでいく空気は、恐ろしいほどの優越感を持っていた、この家全体を支配するような。
 「ありま?」
 今日使ったノートを両手で包み込むように持つ私は、この時に何かがおかしい、と気がつけばよかった。
玄関で立つ尽くす私は、失礼ながらも勝手にお邪魔した。玄関先で靴をぬぐことのない魔界での風習は、当時の私にも、もちろん今の私にも何ら疑問を持たせることはない。
 「おじゃまし……ま」
 もしも私がこの時に警察を、もしくは軍を呼んでいたら、歴史の歯車は大きく変わっていた? 
私は臆することなく、家の中に入っていく。失礼と思いながらも、だけど、誰かが生きている気配がこの家からは全く感じることが出来なかったから、当時の私からしてみればお化け屋敷を探検するような感覚に近くて。ゆっくりと歩幅の数を増やす私は、ぴたりと動きを止めた。
 「ひっ!」
 もしも万が一、わたしが「それ」を素足で踏んでいたら? 
きっと私は悲鳴をあげていた。ぐしゃりと音を立てて、確かに感じた感覚は、偽りのものなんかではなく、間違いなく本物だった。ゆっくりと片足を空中に浮かせるようにして、偽りであってほしい、せめて柔らかい木屑であってほしいと願いながら、私は踏んでしまったモノを直視してしまった。
白くてがちゃがちゃのケースよりもほんの少しだけ大きく、辺りには飛び散った血が、私の靴にまで付着していた。
誰かの目玉、と分かるのにあまり時間はかからなかったけど、私はきっと数日前に行われた検査を盾に、膨大な自信があった。自身の後ろに隠れる恐怖感は、やがて勇気へと変わってくれる。
だからか、私は悲鳴をあげることなどなく、ただ、誰かが肉親殺しの犠牲になったのだと、きっと大人であれば誰しもが驚くほどに冷静な判断をしていた。
ここが私のよく知る彼らの家だとしても。
 お嬢ちゃん、落ち着いて聞いてね、と改まって言われた魔力診断結果の日。
魔力診断っていうのは、魔界に住む天使や悪魔はそれぞれ魔力を持つ器が違う。器が違えば、魔力の量も違う。普通であれば一人一人用紙を渡されて終わりなのに、どうしてか、私だけ個別で、しかも校長室呼び出しだった。普段使うことのない豪華爛漫な応接室にはなぜか、当時の魔王様や軍服を着た悪魔と天使。肩には星のピンバッチを四つつけていたから、お偉いさんなんだろうな、なんてことを幼いながらに考えていた。
 『七日前に魔力診断をやったのは覚えているね? あれの結果だけど、僕らでも驚く数値が出てきてね。他の機械で何度も試しては見たんだけど、何度やっても針が振り切れちゃうんだ。魔界でこの検査を何百代と前からやってきてはいるんだけど、こんなこと初めてなんだ。とても言い難いことではあるんだけどね』
 後から担任の先生に分かりやすく聞いた、どういう意味なんですか、と。
すると先生は目を大きく見開いては、ゆっくりと教えてくれた。
どうやら私は魔界で類を見ないほどの、歴代で最高レベルの膨大な魔力を持っているらしい。
だけどこのままでは宝の持ち腐れになってしまうので、ごく普通の公立中学校で中等教育を受けずに、特別編成の学校へ編入することになったらしい。私が嫌だ、と言う事は許されないらしく。
なんでも、将来はこの魔界のために働いてくれるように説得してくれ、と魔王様直々に担任の先生へお願いを頂いてしまったのだ。
 こんな出来事があったからこそ、私はきっとありもしない膨大な自信で自分を前へと出していたんだろうと思う。誰かの目玉を間接的にではあるものの、踏みつけてしまったとしても、私は動揺することなく、家の奥へと進むことが出来た。この家の中央部にリビングルームがあることを知って、私は躊躇うことなどなく、リビングルームの扉を開けて、愕然とした。
 「……なんで?」
 ぱっと見ただけでは誰もいなかったのだ。驚くほど静まり返っているわけではなく、だけど先程まで誰かがいたのだろうと思われる形跡だけがしっかりと残っている。
たとえば、テーブルの上に置かれているお寿司にラップをかけていないこと、注がれてあまり時間が過ぎていないことがわかる緑茶。
これらのことを考えても、この家の人たちが旅行に行っているという選択肢は、見事に消え去った。
 リビングルームに一歩足を踏み入れて、私はとあることに気がつき、嗅覚が狂うかと思った。鼻の奥を強く刺激するほどの鉄の腐った臭いは、十を過ぎた私に恐怖心を与えるのには強すぎて。震えるからだとともにリビングルームの奥へと進むと、異臭の正体が床に転がっていた。
 「にいにい」
 にいにいは、私の幼馴染のお兄さん、つまりユウの実のお兄さん。
にいにいは、頭の固い私の両親の唯一の理解者でもあった。魔力検査であんなことを言われた私に、私と同じ目線で相談をしてくれて、ありもしない自信家になったのは、にいにいの所為でもあるけど、私にとっては、本当のお兄さんみたいで。
あれだけ優しかったにいにいは、リビングルームのソファーの横で、うずくまる様に倒れていたけど、生気なんて感じなかった。当時の私には、生死というものがあまりにもあいまい過ぎて、私はどうしたら良いのか全く分からず、ただ立っていた。
 だから、突然背後から私を呼ぶ声が聞こえた時、口から心臓が飛び出てしまうほど驚いて、私は情けないほどの大声を出してしまった。
 「アマネちゃんは本当に相変わらずね」
 両手を胸の前でクロスしてから振り向くと、くすくすと笑う、ユウとにいにいのお母さん。「彼女の作るおでんは、天下一品で、お金を払ってでも食べていい」と言う噂が町内で流れていることを知っているからか、おばさんはいつだってにこにこと笑っていた。
本当に頭の固い私の両親と違って、おばさんはにいにいと同様、いつだって相談に乗ってくれた。私はおばさんを見て、安心しきっていた、警戒心をあっさりと打ち壊してしまい、にいにいがどうしてあんなことになってしまったのか、なんてことを忘れていた。
 「あの、これは一体………」
 と言いかけた私は、おばさんの後ろにある大きな鎌には、たっぷりと真っ赤な血液がついた。
その事に気がついた時には、全てが遅かった。
目の前が真っ赤な液体が飛んでいく。
己自身に痛みなど、感覚など、何もない。あるのは、幼馴染兼友人が倒れていく光景のみ。
親族殺し、別名肉親殺しは、魔界では己の身を守る一つの手段として、ごく当たり前に行われていた。誰もおかしいとは言わずに、己の身を守るためである、と口々に言っていた。











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