第一話 10



 個々の体内には魔力の器というものが存在する。この器の中に入っている物こそが魔力であること。この魔力を使い、天使や悪魔、はたまた『シニガミサマ』たちは魔法を使う。
 『あしながおじさん』は私にわかりやすいように、ご自身の魔力を使って、空中に絵を描きながら説明してくれた。決して上手いとは言えないけれど、何を言いたいのかはわかる。
 「一日に使った魔力は次の日には回復できる……体が疲れたと思ってその日に早めに寝れば、次の日には疲れが取れてることがあると思うけれど、からくりはこれと同じ………この説明で分かるかな?」
 「はい………わかります……」
 城にいた子供たちが「なんだ、なんだ」と野次馬精神でやってきては、私と『あしながおじさん』の周りに円を作るように座る。これではまるで絵本の読み聞かせだ。
 「だけど、個々によって、一人一人によって魔力の器の大きさというのは大きく違ってくる………だからこそ魔力の器が小さい者は、どうやったら自分が魔力を上手く使いこなすかを考えて、技を身に着け、魔力の器による差を埋めれば、自分の力が最大限に発揮できるかが重要になってくる。その際にいろんな道具を使ってもともと魔力の器による『みぞ』を埋める卑怯者もいるけど………どれほど道を間違ったとしても、こんな卑怯者にはならないように」
 最後の方がやたらと簡単な言葉だったのは、まだ五つや六つの子供たちが集まってきたから。一応知っておいて損はない知識だし、どのみち学校で魔法の基礎として知っておかなければならないのだから、と『あしながおじさん』があえて簡単な言葉に置き換えて説明したんだろうと思う。
 「これが魔法の基礎。これをしっかりと頭に叩き込んでおいて、自分の魔力の器がどれほどの大きさかというものを知っておけば、あとは努力のみ……理解できましたか?」
 大きく手をあげて、返事をする幼子たち。私も十分子供だけれど、それでもわかりやすく説明してくれた『あしながおじさん』。きっと学校ではこんなに分かりやすく説明はしてくれないんだろうな、などと考えていて、ふと、疑問に思った。
 「もしも魔力の器の中に入っている魔力が底をついたら、どうなってしまうんですか?」
 ふと、思った。
 「別に命にかかわることじゃないから言うけど、普通は魔力の器が空になるまで魔法を使えないし、少なくなれば過労で倒れるよ………難しい言葉で言うなら疲労困憊、わかりやすく言えば疲れて体力も落ちて、風邪とかにかかりやすくもなるし、そのまま気を失って倒れることだってある……普通はないけど」
 「そんなもんなんですか、魔法を使うのって」
 「そんなもんなんだよ………ずっと走ってたら疲れるのは自分自身がよくわかるでしょ? どれだけ走ったら疲れて、これ以上走れなくなるっていうのは。だから、よっぽどのことが無い限りは倒れるまで走り続けるなんて、普通はないよね? 魔法だって同じことなんだよ」
 わかりやすい。わかりやすくて助かるけれど、こんなものなのだろうかと、逆に不安になってしまう。魔法の基礎と言うから、もっと難しいものだと思ってしまっていたのは、私だけなのだろうか?
 さて、と『あしながおじさん』が言って立ち上がった。
 「執務室にマーマレードがあるんだ。たくさんあるから、みんなで食べたらどうだ?」
 執務室に、たくさんの、マーマレードなんてあっただろうか、と思いだし、部屋の片隅に綺麗な紙袋が三つほど並んでいたのを思い出す。有名な焼き菓子店の名前が入った紙袋が三つほど。きらりと輝いた瞳の子供たちを見た『あしながおじさん』は、優しく笑いながら「ほしいものは二列に並べ!」と言った。
 良いんですか、と尋ねた。まだ一二の私にだってわかる。あれがなんなのかぐらいは。
 すると『あしながおじさん』は「それぐらいいいんだ」と笑いながら答えてくれた。
 「どうせあんなの今まで散々破棄してきたんだ。今回だって破棄するか、金持ち連中の懐に入るんだ……だったらいっそうのこと、こういった子供たちに食べさせた方が作った側だって喜ぶだろうよ」
 たしかに『あしながおじさん』の言うことは何も間違ってなんかいないし、むしろ正論なんだけれど、これで本当にいいのだろうか、と考えてしまう。
 執務室に有名焼き菓子店の紙袋が三つ、ということはつまり、賄賂、ではないけれど、これに似たものなのではないのか、と。間違っても、子供たちがうっかりで口にしてもいいものなのか、と。
 なんたって、魔王様が通常居座る執務室なんだ。
 うん? 執務室?
 子供たちが綺麗に二列作って、もちろん途中で軍出身の『あしながおじさん』が途中で手を加えたのだろうけれど、いざ執務室に行こうとした時だった。
 「ごめんなさい!」
 わたしは、肝心なことを忘れていた。『お姉ちゃん』と一緒にいた時、自分が何をしたのかを、綺麗に忘れていた。わたしは『あしながおじさん』に謝らなければならないことを、忘れていた。
 「えっ? なに、急にどうしたの、ハルちゃん?」
 『あしながおじさん』の後ろで子供たちが何事かと、首を大きく出しては目を丸める。
 「印鑑割ってしまってごめんなさい!」
 深く、深く頭を下げる。許されるはずがないんだ、こんなこと。魔王様ご使用の印鑑を二つも割ってしまったこと。
 だけど『あしながおじさん』は「それぐらい」と笑って許してくれた。
 今までの魔王様であればと考えただけで、今回の魔王様がどれほどの変わり者かぐらいは、私にだってわかる。ずいぶんと、変わった方が、今回は魔王様就任となった、と。










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