第一話 09



 自分は「元」こそつくけれど、どのつくお嬢様だ。父親が先代の魔王様から厚い信頼を得ていた左大臣。母親は専業主婦だけど優しくて、一人っ子だった私は、両親の期待と優しさを、独り占めするようにすくすくと育っていった。
 この環境が、がらりと大きく変化し、つい数時間前になってから知った。この環境は異常だったのだ、と。普通ではありえないほどの好待遇なのだと知った。
 普通であれば幼い頃から魔力を増幅させる道具を身に着けることはない。
 普通であれば、幼い頃から札の使い方を叩きこませることなんて、ありえない。
 だからこそ過信していた、自分はほかの誰かとは、圧倒的に違うのだと。
 「なんだ、そんなところで座り込んで」
 「私は、自分に魔法に対して才能があるからこそ、両親が期待して環境を整えてくれているのだと、過信していました」
 「…………一二かそこいらの小娘が何言ってんだ、気持ち悪い」
 ほんのりと線香の香りを漂わせる『あしながおじさん』の手には、行くときに持っていた白と紅色の菊の花がなかった。
 「そうでなければ、私の両親は、私に札や、魔力を増幅させる道具を買い与えていませんでした。それは、私の両親が、私に、魔力の才能があると、期待していたからであって………なのに、私は」
 強く、歯ぎしりをする。
 あの部屋で起きていることを、全く気がつくことが出来なかった。メルさんが魔法を使って『お姉ちゃん』に説教をしたこと。あの『先代の魔王陛下の愛しき姫君』が印鑑を瞬時に修復させたこと。
 わたしは、誰よりも環境が整い、魔法の才能を開花させ、あわよくばこのお城で将来、魔王陛下の元、働くのだと、過信していた。だからこそ、両親だって私に好待遇の環境で、私を育てていた。
 けれど、現実は違った。
 メルさんも、あの『先代の魔王陛下の愛しき姫君』も、当たり前だけれど魔法の腕前に関しては、トップクラスなんだ。
 「何を勘違いしているんだ、お前は」
 『あしながおじさん』の冷たい言葉に、思わず勢いよく顔をあげてしまった。
 「たかだか一二かそこいらで、こんな馬鹿なことを考えるな」
 「で、でも! わたしは……!」
 「はっきりと言っておくが、魔法の腕前に関しては、完全に個々人の努力次第だ。環境云々じゃねえんだ………メルもおっさんも、アマネ嬢も、ましてや先代の魔王陛下の妹君も、最初はお前さん以下だったよ」
 衝撃の一言とは、まさにこのことなんだろう。
 「………………びっくりして言葉が出ないって顔だな」
 にやりと笑いながら言う『あしながおじさん』。
 「だって……そんな…」
 誰にも悟れず魔法をいとも簡単にしようするメルさんや『お姉ちゃん』だけでなく、『あしながおじさん』までもが、最初から整った環境下で魔法を学んできていなかった。だとすれば、わたしは、
 「メルに関しては、こんなこと喋ったら本人から何言われるかわかったもんじゃないけど、高校卒業まではろくな魔法を一つも使えなかったし、アマネ嬢に関しては、すべての魔法を力づくでやってるもんだから身体の負担が相当なはずだから、模範とは言えないし」
 「で、でも!」
 「だいたい、魔法なんて基礎を固め終わってるはずの一五歳からが本番なんだよ。それまでに魔法を使える連中なんて、そんなにいないよ。だからハルちゃんは気にしなくたっていいんだよ?」
 「……………」
 開いた口が閉じないとは、まさしくこのことなのだろうと、この時に初めて感じた。
 私は今までずっと、ずっと思っていた。
 両親が私へ魔法の才能に関して過大なる期待をしていたこと。
 幼い頃から魔力増幅の道具を買い与え、札まで持たせていたこと。
 だから私には魔力の才能があるのかもしれない。両親の期待に応えるべきことが、私の生きていくうえで遂行していかなければならない、最大の使命だと。スカートの中から一枚の札を取り出す。
 「おっさんの知り合いにもな、いたよ……ガキンチョのくせに『自分は魔法の才能がないんだ』なんて思い込んでは悩んでた馬鹿が」
 「えっ…………?」
 「ちょうど、今のハルちゃんと同じぐらいの年齢か、それぐらいかな……だいたい一二か一三で魔法の腕前云々で悩むぐらいなら、魔法の基礎をしっかりと固めておけって話なんだ。基礎もできないで応用もできるわけがないんだから」
 「ええっ?」
 乱暴に言いきった『あしながおじさん』に、今度こそ本気で驚いてしまった。こんな言い方を、仮にも魔王陛下がするものなのか、と。と同時に、手に持っていた札が、ふわりと宙に浮いた、気がした。
 「………ラテン語の呪符か……珍しい、もう骨董市にも出回ってないだろうに」
 札が宙に浮いたのは気のせいで、私が持っていたのをかなり強引に『あしながおじさん』が拝借したようで。
 「そう、なんですか?」
 「そうなんですか、って、ハルちゃん………君ねえ?」
 かなりあきれた表情で言う『あしながおじさん』。わたしは、何か言ってはいけないことを口にしてしまったのでしょうか?
 「さっき『魔法の基礎を固めておけ』って言ったよね? こういうことなんだけど………意味わかるかな?」
 どういうこと?
 私が首を横に振ると、『あしながおじさん』は苦笑しながら「だろうね」と言った。なにが、だろうね、なんだろうか? まったくもって理解が出来ない。
 「………これは学校に入ったら習うことなんだけど、ちょうどいいから今のうちにしっかりと理解しておくといいよ」
 すると、『あしながおじさん』は私の横に座り込んで、やっときがついた。私は今までずっと床に座っていたんだ、と。
 仮にもこの方は魔王陛下なんだ。慌てて立ち上がろうとする私の腕を強くつかんで、ここに座るように言った。










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