第一話 08



 ぱたん、と閉じた扉をじっと見つめるアマネは、心の中で何かが引っ掛かった。かゆいところに手が届かないような、あともう少しで手をのばせば目的の物が取れるのに、どれだけ頑張っても取れないような、もどかしい感覚に襲われたアマネは、大きく口を開き、だが自分が何を言いたいのかが分からなかった。
 「それじゃあ、姫君、お願いしてもよろしいでしょうか? お礼のプリンならいくらでも買ってきますので」
 しっかりと四五度で頭を下げたメルに対し、モモミは目をほんの一瞬だけ輝かせたが、別にいいのよと照れ隠すように言った。
 「いままで教わる側ばかりだったから、こんな時ぐらいは教える側に立っても見たかったし」
 「貴女と言う方は……でも今までに一度だけ教える側に立たれたご経験がある、と耳にしたことがございますが、左様でございましょうか?」
 「そりゃあ、ないわけじゃないけれど…………あれはこっそりだもの。今回はちゃんとあなたの許可もとってるの! 堂々とできて私も気分すっきりってもんよ? わかったら部屋を出て行って頂戴、あなたがいると教えるのに集中できないわ」
 「左様で」
 再び四五度で頭を下げたメルは静かに扉を閉めた。かつかつと、足音が去った後、モモミは自身が来ているワンピースで円を描くようにしてアマネに振り向いて、笑顔を見せた。
 「それじゃあ、始めましょうか?」
 『始める』と言ったモモミに、アマネは首をかしげた。今から一体何を始めると言うのだろうか、と。アマネとモモミがいるのは、仮にも本来であれば魔王陛下が居座る書斎室だ。この魔界の魔王陛下が本来でれば常時いる部屋、とは言っても無駄に広いわけではない。本来であればこの部屋は「城で働く下っ端の働き部屋」だったのを、キサメが無理に改装を進めたのだ。なので、こんな狭い部屋で大きな魔法を使用することは不可能に近い。
 ならば一体何を始めるのか。モモミは机の上に置いてある書類を手にし、ぱらぱらとめくりながら目を通していった。その手つきは実に慣れているもので、何度か首を頷きながら書類をめくっていく。
 やがて、アマネの背中にひんやりと嫌な汗が流れた。まさかと、アマネは思ったのだ。
 「それを始める気? 見逃してくれるんじゃなくて?」
 アマネの記憶の中では、モモミはいつだって優しくて、笑顔でにこにこと自分の才能を見出しては、最大限に開花させてくれた。だから自分は出身学校をかなりの好成績で卒業することだってできた。
 「当然でしょ? 誰からお願いされたと思ってるの?」
 「そんなのは」
 『モモミさんなら元魔王陛下の実の妹なんだから、たかだかの元軍人からのお願いなんて、そんなに律儀に聴かなくたっていい』と言いかけたアマネは、にやりと笑ったモモミに一歩だけ足を後ろへとやり、
 「あら、逃げようっての? 無理だと思うわ。結界もしっかりと張らせていただいたもの……実力行使でなら、今のアマネちゃんの実力がどれほどの物なのかは楽しみだけれど、逃げ切れる自信はあるの?」
 彼女の言葉が正しいと判断した。それこそ「たかだかちょっと条件が良くて魔法の腕に関しては他者よりも上になった自分」と「先代の魔王陛下の実の妹」なのだ。勝負の結果なんて、実際に戦わなくても分かる。
 「……………ご教授をお願いいたします、師匠」
 「それじゃあ、始めますよ」
 決して彼女が苦手と言うわけではないアマネは、モモミに深く頭を下げ、椅子に座り、書類に目を通した。









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