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 正直に言おう。わたしは病気なのかもしれない。
 どうしてだか突然体温が上がってしまっているような気がするし、心臓が早く鳴る。健康第一で生きてきたわたしにはそれが理解できず、父さんの部屋に忍び込んで医療本を持ち出して読んでみたけど別にそういったことは発見できず。かといって熱なのかもしれないと朝学校へ行く前に体温を測ってもそうでもなかったし、脈拍は至って正常だ。…だけど。

「逃げてんじゃねェよ」
「いやあ、そういうわけじゃない、んだけど」

 今日はどうしてだか爆豪くんに会いたくなかった。しれっと帰ったら逃げられるんじゃないかなと思ったのにそれがバレたのか、はたまたわたしがいつもの時間にトレーニングルームへ行かなかったことで強制連行しに来たのか久々に教室までやってきたし。間の悪いわたしはちょうど廊下に出ようとした瞬間で、すぐに般若のような顔をした爆豪くんにとっ捕まえられてしまったというわけだ。
 結局いつも通り。爆豪くんに連れて行かれていつものように手合わせして。今日はちょっとやられそうになって辛勝ってとこだったんだけど、まあそれのおかげで色々戦ってる間は何も考えることなくなくいられてよかったかな。だけどその後に気付いてしまうのだ。本当にさっきまで何でもなかったというのにまた例の病気みたいな症状に陥ってしまっていることに。睨むような視線じゃなく、ただじっとわたしを見ているなあと思った瞬間にみるみる顔が熱くなっていくということに。いやこれは身体の病気じゃない、爆豪くんが元凶なのだと気づいてしまうともう駄目で今日は何だかんだと理由をつけて2戦するだけでとどめてもらった。
 爆豪くんは爆豪くんで何かを勘違いしたのか、今度はまさかの一緒に下校。隣に歩いている爆豪くんはほんの数日前の放課後ぶりだというのに前とは全然違うような気がして息が苦しい。

「あの爆豪くん、わたし今日は調子が悪いだけだから一人で帰れるよ」
「俺も方向一緒だっつってんだろ」
「……うう、はい」

 学校の門を出て、改札を一緒にくぐって。電車に乗った瞬間にいやこれはもしかして爆豪くんは気を遣ってわたしを送ろうとしてくれているのでは? とまで思ったんだけどよくよく考えれば彼はそんな人間じゃなかった。というかそこまで言われてしまえばわたしに何の勝ち目もなく、ただソウデスカと言うだけ。会話らしい会話はないし、何も話さないしさも当然って感じで隣で立っているし、周りの子なんてびっくりしてるし寧ろ隣にいるわたしが何者なんだって奇特な目で見られているってのに当の本人は何も気にしていないに違いない。

 爆豪くん同じ方向だったんだ。
 手合わせが終わったらさっさと解散してたし一緒に帰ることなんてある訳がなかったのに知るわけがないでしょうが。なんて言えるはずもなく。いや言ったら多分睨まれるだけってわかるのも何だかなあ。電車の中も終始無言、携帯を触ってくれたならわたしも遠慮なくそうするのに別にそんなこともなく、「座れ」と半ば強制的に座らされた。そのまままさか同じ駅、同じ駅名が二つ並んだ定期券。そりゃびっくりするわけで。

「ほんとに一緒だったんだ」
「信じてなかったんかよ」
「だって学校違ったもん」

 幼稚園も小中学校も爆豪くんの名前を聞いたことはない。学区の問題で離れてしまったのか、はたまた爆豪くんが最近引っ越してきたのかまでは知らないけどこんなに近くにいるだなんて誰が考えようか。
 あんまり話してはくれなかったけどそう言えばそもそも爆豪くんのこと何も知らないし、手合わせ関係になると結構話すもののそれ以外喋ることが無かったのってやっぱり元々が無口なのかもしれない。そう思ってしまうと気が楽になってわたしもぼんやりと隣をのんびり歩く。まあ正直ね、わたしみたいな大人しそうなのと爆豪くんが横並びなんて絶対変な組み合わせのように見えるだよね。その腰パンほんとすごいよ。ずり落ちないのすごいすごい。

「あ、じゃあこの公園も知ってるんだ。わたしね、昔はよく来たんだよ」

 ドキドキドキ、とズキズキズキ。どうして痛いのか、考えるのはやめた。というか何となく今日一日、それから電車の中で一旦冷静になってみると一つの仮説が思い浮かんでしまって、残念ながらそれを否定することをできなくなってしまったのだ。そんなまさかね、わたしが爆豪くんのことを意識しているだなんておかしい。だって昨日まで何もなかったのに。昨日まではそれなりに手合わせを楽しみにしていたのに。だけどそれが有り得ないという理由を探すことはできなかった。作り出すことすらできなかったのだ。
 そう考えると何だかいたたまれなくなり、話を逸らす。たまたま目に入った公園はそういえばすべての始まりの場所だ。遊具も何もかも変わっていない様子で、だけど小さく見えるのはわたしが大きくなったからなのだろう。あそこでわたしがああいう事を考えなければ何も始まらなかった。人を怖がらせてしまう結果だったけど、ね。そう横目で見ていると不意に爆豪くんがわたしと同様公園を見た。かと思えばそのままズカズカと入っていく。

「ちょ、え、」

 どうしたらいいのか分からないまま、思わず追いかけていくと爆豪くんもまた小さい頃を思い出したのか手を使わずジャングルジムに登っていく。野生のお猿さんかな? 相変わらずとんでもない運動神経をしていることで。今は子供が居ないからいいもののもし誰か見ていたら怒られるだろう。あんな遊び方をしてはいけません! なんて子供に注意するかもしれない。
 フフ、と笑いながら、でもわたしはそれを追いかけることはせず近くのベンチに腰を下ろす。目を瞑るとあの時の後悔はありありと蘇る。嫌だったなあ、怖かったなあ。自分の個性と向き合うのが、憂鬱だったんだなあ。でもわたし、そのおかげで雄英高校に入れたんだから過去のことなんて振り返ってられないけど。

「あの時、は」

 そうだ、あそこの新調されているブランコと爆豪くんが登っているジャングルジムの間に。
 子供であれば10人ぐらいは余裕で入る範囲。今なら目も痛まずに作ることが出来るだろう。何だかデジャヴというか、過去の自分の行動に沿っているわけだけど。息を吸って、吐いて。想像するのはあの時と同じ大きさのハコ。ただ仲間に入れて欲しかっただけなんだ。ただ、誰かに気付いて、名前を呼んで欲しかったんだ。そんな簡単な、子供ながらの純粋な気持ち。誰もいない今ならすぐに壊せば迷惑にならないだろう。

 …ちょっとやってみようかな。

 そう思って目を開いた時だった。

「っ、な、」

 範囲を指定するのに暗闇ではできない。目を瞑ってはならず、実際その場を見ないとならない。いざハコを作り出そうと顔を上げるといつのまにか爆豪くんが目の前で立っていてわたしの事をじっと見下ろしていた。

「もー、びっくりさせないでよ」
「……」

 ガンを飛ばすような感じではない…気がする。ただただじっと、見ているだけ。それだけなのにどうしてこうもゾワゾワとなるんだろう、どうしてこうも恥ずかしくなるんだろう。近い上に見すぎなのだ。何だ、わたしは何かやらかしたというのか。それとも個性を外で無闇に使うなと怒られるのだろうか。いや多分そうなんだろうなあ。ヒーロー候補生がそんなことするなってことなんだろうなあ。
 「ハコ女」だけど、そうじゃなかった。爆豪くんはわたしの名前を決して呼ばない。というか他の人にでも呼んでいるような記憶はわたしにはなかったのだけど、だけどその単語は間違いなくわたしだった。わたしを呼んでいた。じわじわと顔に熱が集まっていくのがわかる。だけど爆豪くんはそれ以上何も言わず、ふらりとわたしに背を向ける。

「帰んぞ」
「あ、…うん」

 今のは一体何だったんだろう。今のは一体、――どういう意図があったのだろう。
 何だかよく分からない気持ちになりながらわたしは一生懸命爆豪くんにおいていかれないよう足を動かしていた。家に帰るまでの記憶がとても曖昧なのは、胸が苦しいような気分になるのは爆豪くんのせいである。
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