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 意識がゆっくりと浮上していく。ぱちりと目を開いてボヤけていた視線が初めてとらえたのが保健室の天井であることを確認するとあーあと頭を抱え髪をかきむしった。

「…やらかしてしまった」

 状況はすぐに把握した。ここに行き着くまでの記憶がない辺り、どうやらぶっ倒れてしまったらしい。こんなことに陥らないようにと注意を受けたことのあるわたしは前科者であるのにあまり日を置かずに同じことが原因で来てしまった。しかしながら後悔先に立たず。カーテンをシャッと開かれ現れたリカバリーガールが御機嫌斜め、わたしはすっかり反省モード。あんた2度目だねとくどくど怒られ、すいませんと謝り、担任に言っておくからと釘を刺され精神的なダメージは治療されることもなく保健室を追い出されてしまった。廊下を歩いてすぐはよろめいたけどそれ以外は何ともなし。個性の反動とは何と厄介なものかと額をとんとんと叩きながら今日はもう目の酷使をやめておこうと判断し、歩み続けた。

 わたしの個性にはデメリットがある。いや、他の子だってもちろんあると思うんだけどわたしの場合それが顕著に出やすいというのかなあ。こればかりは慣れしかないんだろうけど、ハコは発現中わたしの体力をジワジワと蝕んでいくことが今回倒れた要因。ってそれだけならまだいいけど範囲指定が自分の限界量に近かったり、或いは個性の使用時間が長いと目が疼く。基本的には数分程度、しかも続けて使用することは叶わず少しのインターバルを要するのは父さんの個性の影響なのだろう。無理をした時なんて目玉が破裂するんじゃないかと思うぐらい痛いんだけど流石にそんなグロシーンは誰にもお見せしたことはないのでご安心を。まだヒーローにも慣れていないうちに失明なんてほんと笑えないから。
 今日は自分の限界を知ろうと誰もいないトレーニング室を借りて少しずつ範囲を増やしていったんだけどある一定の大きさに到達した瞬間突然気を失ったというわけだ。範囲的には入学してからまた一段と大きくなったような気がするけど、まだ足りない。お母さんはタンス程度の大きさを限度としていたけどわたしは現段階でそれ以上を作ることができる。わたしのプロヒーローへの長い道のりの為にはこれをもっともっと鍛え、慣れ、とても大きなハコをつくることが大前提となる。まだまだ未熟の証だ。

(…情けない)

 学校だからと油断しすぎてしまった。こんなのじゃ実戦で上手く使えるのか不安にもなる。皆少しずつ個性の在り方を改めて学び、向かい合い、戦闘を変えていく。なのにわたしはこれしか方法がない。実際の現場だと敵だって待ってはくれないし、個性が使えなくなったのであれば一目散に逃げるだろう。そうしたらハコだって壊されてしまう。そんな時に個性の過剰使用で倒れるなんてもってほかで。…ああ、先が思いやられる。これはちょっと訓練メニューを変える必要がありそうだ。
 長い時間眠ってしまっていたのかいつの間にか辺りは暗く、周りに人はいない。今日はリカバリーガールの提案で家に電話が入っていて父さんが帰りに拾って帰ってくれるから帰りのラッシュの電車に揉まれずに済みそうで良かったけど、きっと車内ではまた怒られることだろう。それならまだ電車の方が良かったかもしれないなあ。

「…あれ、」

 教室までの道のりをのんびり歩いていると教室前にある人影に気付きドキリとする。いつもとは違い誰もいなかった廊下でわたしの驚いた声が響き、相手はそれに気付いてこちらを振り返った。そこにいるのはB組の人ではないし、上級生でも先生でもない。だけど見慣れた人だ。わたしの唯一の、クラス外の知り合いだったから。

「…え、もしかして待っててくれたの」
「ちげえわ」
「じゃあもしかして運んでくれたのって爆豪くん?」
「違うつってんだろうが!!」

 ただの質問なのに大声で返されてしまった。どうやら倒れて意識を失ったわたしは誰かに運んでもらったらしいんだけどリカバリーガールにはそれが誰だか教えてもらえなかった。その人が言わないよう口止めをしたらしいんだけど、これってもしかしなくとも爆豪くんなのでは。そりゃ一番考えられるのは彼だ。だって初めて保健室に行ったときも彼の望み通り何戦も何戦も手合わせした後に気絶した時だったし(どうでもいいけどあとから聞いた話では保健室まで俵持ちで運ばれていたという)トレーニング室を利用していた以上、もちろん監視カメラもあるんだからそれに気付いた先生の誰かという可能性もあるけどそれじゃきっとリカバリーガールも教えてくれるだろうし。…となればそうなるわけで。自分じゃないと言い張るのはあれかな、感謝されるのが苦手とかそういったところなのだろうか。

「ありがとうね」
「人の話聞けよ」
「ふふ、」

 いや本当この人分かりにくいと思っていたのにいざ喋ってみると全然そうじゃない。逆だ、逆。分かりやすすぎてビックリする。だってそうじゃなきゃB組の教室前にいるわけないよね。今日はそういえば約束してなかったし爆豪くんがうちのクラスに用事があるわけがないし、…何より、こんな時間まで残ってるわけがなかった。トレーニングしていたのなら話は別だけどどう考えても運動後って雰囲気じゃないし。なら保健室で待ってくれていたら良かったのにそれは嫌だったんだろう。リカバリーガールに口止めまでしちゃって、素直じゃないんだから。
 もうちょっとからかってみようかなと思った反面、どう考えても今回悪いのはわたしだ。それ以上余計なことは言わずに教室のドアを開く。机の上に置きっぱなしだったカバンを引っ掴み教室を出ても爆豪くんはそのまま窓に寄りかかっていたままだった。…待ってくれていたのか。自意識過剰? ううん、そう考えたって何らおかしくはない。そのままぶらりぶらりとこっちを見ることはなく歩き出した爆豪くんの横を慌てて歩くとフンとばかりに鼻を鳴らされたものの拒否はされなかったので大人しく歩いていく。

 ペタン、ペタンと2人分の足音。
 爆豪くんは元々そんなに話上手な人じゃない。人の悪口に関しては素晴らしいボキャブラリーを発揮するけどそれぐらいだ。ちらりと見上げてみると何も考えていないといった様子で前を見ているだけ。そういやこうやって横並びで歩くことなんてなかったけど鍛えてるから体格がいいな。あと意外と背が高い。それなのに身体能力がズバ抜けているから背が低い事を武器にチョロチョロと動くわたしにしっかり追いついてくるし本当に厄介だ。プロヒーローになればさぞ活躍することだろう。
 いつもと雰囲気が違うなと思っていたらそういえば制服姿の爆豪くんって初めて見たことに気付く。いつもわたしと手合わせをする前提で体操服だったし、それが終わればさっさとトレーニング室から追い出されてたし。…変な感じ。爆豪くんだけど爆豪くんじゃないみたい。服ひとつでこんなに変わるものなんだなあ。そんなわたしの視線に気付いたのか歩くスピードを緩めることはなく爆豪くんがこちらを見下ろした。

「何見てんだ」
「あ、いや制服姿の爆豪くん珍しいなって思って」
「見んな気持ち悪い」
「え、ひどい。傷付く」
「ちゃんと傷ついてから言え」

 あ、うんいつもどおりの爆豪くんだ。一言余計というか何というか、…どうでもいいけど体育祭ですらあんな態度だったんだからクラスメイトにも同じような感じなんだろうなあ。同じクラスだったら多分苛立つライバルとすら思っているのかもしれない。無言はあまり悪くはない。というかわたしもさっきまで倒れていただけあって少し疲れているらしい。歩くのすら結構ダルい気すらして、これはやっぱり父さんに迎えに来てもらって正解だったなと提案してくれたリカバリーガールに大感謝だ。

「問題ねえのか」

 だからだろう、爆豪くんの声を聞き逃しそうになったのは。それはあまりにも小さい声。あまりにも爆豪くんらしからぬ言葉。普段の手合わせでこっちもボッロボロになるまで戦ってたとしても、どれだけ目が痛いんだと訴えてたとしても今までそんなこと言われたこともなかったのに。
 爆豪くんがもしわたしを運んでくれた人だったとしたらそりゃ驚いたことだろう。何しろトレーニングルームで一人怪我をした様子もなく倒れていたわけだし、保健室までの記憶は一切なかったし声をかけられていたとしても反応はできていなかったと思うし。痛い痛いとギャイギャイ言いながら保健室へ連れて行ってもらってたこれまでとは違い、今回は自分でも前兆が分からなかっただけあって自分の身体にも結構負荷がかかっているのだと思う。ああ、何だ心配してくれてるんだ。爆豪くんってわたしのことただのサンドバッグか何かと認識していたんじゃないかと思っていただけあってそれが何となく嬉しい。

「あ、うん。全然大丈夫。今日はこれ以上個性使わなかったら明日は平気だと思うよ」
「そうかよ」
「うわ何てどうでも良さそうな返事」
「心底どうでもいい」
「えー…さっきまでのわたしの喜び返して」

 明日にはちょっと爆豪くんへの扱いを変えてみよう。そう思えたのは何だかんだ歩くスピードも少し遅くしてくれているような気がするし(悔しいことにわたしの足では爆豪くんの歩みについていけないのだ)体調を気遣う一言をくれたからだ。ぶっきらぼうな物言いだけど嬉しいものは嬉しい。友情というものはきっとこんな感じで育まれるの違いない。友達居ないから知らないけど。

 雄英高校の門を超えて最寄り駅。そこに着くまでも特に話が盛り上がった訳でもなんでもない。無言が別に苦ではないのは爆豪くんもだったらしい。そこまで来ると人も少なくはなかったし父さんからあと10分位内に着くという連絡も入っていたから解散だ。…ちょっと名残惜しいかなと思ったのは気の所為だろう。だって、どうせ明日も会うんだし。変なの。
 「爆豪くん!」だから、いつの間にか改札に向かって歩いている爆豪くんの背中にむかって声をかけたのはもはや反射。振り返った爆豪くんはまるでこっちに喧嘩を売りかねない表情で、早く要件を言わないといつもの罵声が飛んできそうで今日だけはそれが何だか嫌だなあと思えたのは今日がいつもとちょっと違うから。

「また明日ね!」

 それは多分、友達としては普通の挨拶だったはず。多分、何も違和感はなかったはずで、爆豪くんの返答は正直何も期待はしていなかった。だけどそこから返ってきたのは「おう」との一言で、だけどそれも至って普通の、少なくともおかしいものではないはずだった。なのに全然普通じゃないと思えたのは彼だからだ。

(…おう、だって!!)

 人の言葉にちゃんと返事できたんだ。もしかしたらわたしの勢いに飲まれたのかもしれないけど別にそれだって良いや。
 特にそれ以上何も言うことなく改札の向こうへと行った爆豪くんを見届けながら何だかいつもと違うなあ、なんて本人の耳に入ったら怒声罵声から逃れられないことを考えつつフフ、とさっきまでのやり取りを思い返して笑った。
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