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「で、ここはこの公式」
「……あ、なるほど」

 基本的にA組とB組のカリキュラムに大きな差はない。入学試験の総合点で合否が決まるから大体ヒーロー科において最低ボーダーであっても普通一般の高校よりはレベルは段違いに高いしそもそも倍率だって異常なわけで。そんな中でAとBで振り分けられるのはさらにその中でも最後の試験の結果だ。
 正直わたしにとっていちばん苦手なものだった。個性が関与しない機械なんてほんと最悪だったね。だってハコの意味が無いんだもん。物理として若干の足止めは出来たかもしれないけど、その間に怪我してる子の救助に間に合ったぐらいでそれ以外特に役立たず終わった気がする。
 それでも何とか受かった以上、やっぱり卒業して将来はヒーローになりたい。そんな思いが一応私でも持っているもので。

 まあだからと言ってすべての分野においてすべてがA組に劣っているというわけではないんだよ。
 実際先生から他のクラスの子の点数を聞いてはないけど例えば欠点になるラインなんていうのは学校全体の共通だし、同じ学年である限り、また科が同じである限り私たちは同じテストを受ける。ああ、もちろんこれは学力の話。多分だけど実技に関してはやっぱりA組の方が審査は厳しいと思うけどね。でも勉学だけの話で言うのであればその中で私はほとんどクラス上位だけどA組だってうちより補習者が出ているぐらい。
 個性だってまあそんな感じ。その時その時のテストに対し向き不向き、有利不利がある。今となってはもうA組になれるチャンスがあるなんて甘い話があっても乗り気になるのは数名ぐらいだから目の前のテストをやれるだけやるだけだ。

 そんなわたしが何故爆豪くんに勉強を教わっているかといえば試験の存在をすっかりうっかり忘れていたせいであって。
 もうそんな時期かーっていうのとそろそろノートも纏めないとなと思っていたところだったし、そう言えば何でこんな時間がないのかと考えてみると最近家で訓練することなく疲れてる寝てるからで、ならば何で寝てしまうかというと毎日爆豪くんと手合わせをして疲れきってしまうからだ。とはいえ彼に何も非はない。わたしの体力がないからだ。

『ごめん爆豪くん、今週はちょっと無しにしてもらっていい?』
『……は?』
『お、怒んないでよ。テストあるでしょテスト。ノート纏めたいし勉強したいんだ』

 いやあほんと、あの数十分前の爆豪くんは般若かと思うような顔してた。思い出すだけで身震いしちゃう。そんなに手合わせがしたかったのか。負けっぱなしが嫌だったのか分かんないけどとにかく異常に怖かった。だけど撤回はしたくなくて笑いながら答えてみると爆豪くんは今度ははぁと大きくため息をついた。

 半分は本当、半分は嘘だ。

 何だかそれがバレそうな気がして勉強分からなくてっと咄嗟に言い訳をした。テスト勉強ほどではないけど毎日の授業のために多少なりとも予習も復習もしてるからそこまでの日にちを絶対有しているわけではない。

 だけどわたしだってそれなりに意地がある。
 爆豪くんと手合わせをしてるのがクラスの子にばれている以上、彼と一緒にいるせいで点数を落としたなんて思われたくないし、何より彼はA組だ。目の前に目標がいるのに弛んでなんかいられないでしょうが。まああとは、…爆豪くんの前にいるだけでドキドキとやかましい自分の体を休ませるために、かな。

 とは言っても爆豪くんは別に私に対して親身に教えてくれるというよりはペンの動きが完全に手詰まった時にどの公式を当てはめればいいか教えてくれる。
 元々わたしだって一から勉強する訳でもないしすぐに思い出してはスラスラと解いていく。あー、なるほど。こんな考えで解けばいいのか。こういう時はこの公式ね、なるほどなるほど。

「おい」

 勉強している間は手元のノートだけ見ればいい。だからあんまり気にしないようにしていたのに突然握ったペンごと手を包み込まれてわたしははっと我に返る。
 顔をあげれば思ったよりも近くに爆豪くんの顔。その赤色の瞳はわたしを強く睨みつけていて思わずヒッと声を出した。いやこれはわたしも悪くない。絶対絶対に悪くはないはずだ。このまま握り殺されるんじゃないかと思えるほどの恐怖を覚えつつ後ろに下がろうとしてもその手は依然として離れる様子がない。

「そこで個性使ってんじゃねえ」
「……」

 と思ったら、爆豪くんはそこまで怒っているような感じではなくほんの少し安心した。だけどバレていたことに冷や汗が背を伝う。もしかすると集中してないと思われたかもしれない。教えてやってるのに何してるんだと怒鳴られるかもしれない。
 だけどだけどと心の中で言い訳を開始する。いやいやでもこういうのって大事なんですよ。ハコは不可視なのに何でバレたのかなと思ったら爆豪くんはふっと私の後ろを見る。恐る恐る同じように振り返ってみるとがさっき爆豪くんが何気なく投げたプリントがわたしの作り出したハコの上にちょこんと乗っているではないか。
 わたしにとってはハコの上に乗っているプリント。だけど爆豪くんにとってはプリントが浮いているようにも見える。…そう、ハコは不可視であってもそこに有る。存在している。例えば雨避けだとかには便利な機能だけどひっそり設置してるのであればそこだけ濡れてなかったり汚れてなかったりするからすぐにバレるよねーっていう。こんなふうにすぐバレるぐらいなら今後対策も必要だなあ。
 個性に関し大事なのは個性を伸ばすこと。なら私にとっての最大の修行はハコを維持することだ。いやしかしまさか爆豪くんがそんな早くに気付くとは思わなかったよ、へへ。
誤魔化すように笑ったあと怒られるかなと思ったけど爆豪くんはそれ以上何も問い詰めるつもりは無いらしい。

「流石爆豪くんだなあ」
「お前の考えてることなんてすぐ分かるわ」

 単純すぎるってか。手合わせの時にはそうならないように頑張ってるつもりなんだけどこういう時に抜けているのはどうにかしないとなあ。「ごめんね」と呟きながらハコを消すとプリントはおとなしく床へと落ちる。多分もう一度同じように個性を使っているのがバレたら今度こそ怒られるに違いない。もう今日は個性の特訓はやめておこうと素直に諦めるとそれが分かったのかフンと爆豪くんは鼻で笑った。いつものことながら本当に人を煽るような行動が得意なんだよなあ。勉強だけじゃなくこういうことも学んでみようか。

「ちゃんとこっち見てろ」

 ……うん、まあ、そうだよね。言われているのはもっともだ。勉強に集中しなくちゃ。握ったわたしの手を離してくれたのに熱く強かった感触は逃げてはくれず。爆豪くんはさっきと変わらない様子でわたしの勉強を見ていてくれる。手が止まれば公式を教えてくれる。だのに。

(……くそう、)

 何の他意もないはずなのだ。なのに、うう、また心臓が痛い。この症状をどうにかできる日がくるのだろうか。それは神ならぬ、爆豪くんのみぞ知るのである。

fin?

Happy Day Happy Box.

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