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「甘ぇ」
「そりゃそうだよ」

 このクソモブ女は非常に厄介だった。この雄英には俺のことを舐め腐った人間しかいねえのかって言いたくなるような連中ばっかの上にB組のこの女はさらにめんどくせえ。元々そんな目立つ奴じゃなかった。つーか俺だってこんな格下のクソモブなんて普通に生活してたらすれ違うこともなく終わってただろう。体育祭だって初っ端に消えてたらしいし運動成績下の下の下。個性把握テストも本人がベラベラ喋ってきたが平均以下。なのに、その個性自体が何とも言えない厄介さを持っている。

 個性をこいつは「ハコ」だと言ってるが実際は不可視の範囲内に突っ込んだ人間の個性の強制解除。無効化だ。イレイザーヘッドの個性の抹消とも同様で異形型には効かないらしいが範囲があるだけこっちは極端な接近戦および室内向けだろう。範囲はこいつが決めて、まあまあの力で壁をぶん殴らねえと割れない強度もある。ぶっちゃけ使えるのか使えないのかよくわかんねえが範囲さえ広げることが出来れば個性だけで何とかやってきたような雑魚敵相手ぐらいには役に立つとかその程度。複数の個性を持っているタイプじゃねえらしいしつまりそのこいつにお似合いな地味個性だったがこいつはそれだけの人間じゃなかった。

 ハコ女は異常なぐらいに戦えた。

 普段は眠そうな顔してるくせに個性を使ってその範囲内に足を踏み入れた瞬間から変貌する。楽しげに構えて、俺を煽る。
 ”ハコ”?んな可愛いもんじゃねえわ、これは最早闘技場に近い。互いの武器を全部引っペがして完全平等かと思いきやこっちにそれなりのハンデを追わせた状態で戦う間合いであいつは所謂その競技場の主人といったところか。負けたことはねえと聞いたがそりゃ確かに分かる。あいつはいつだって軽やかだった。例えばの話、この世の中また突然変異が起こって全員が無個性になった時、圧倒的クソモブ弱者から強者に転じるに違いねえ。最初はこの個性の中でだけ自己強化でも出来てんじゃねえかと思ったが調べてみりゃこいつの身体能力は個性を使わなくてもなかなか高い。
 この時代に生まれてくるのが悪かった。個性ってモンがなかった時代に生きてりゃこの学校の人間の誰よりも強かったかもしれねえが残念ながらこの御時世。個性が出せりゃこいつなんてワンパンだワンパン。

「やっぱり甘いの苦手?」
「食うかよこんなもん」
「ちょっ、声大きいでしょ。店員さんに聞かれたらどうするの」
「知るか」

 結論から言う、俺は負けた。いつもと同じように腕を取られぶん投げられた。
 油断をしたわけじゃねえがあいつの動きのクセっていうもんが未だに見えず大きく腕を振りかぶったその最中、潜り抜けたあいつと目が合ったが最後気が付けば投げられて終わった。俺には見えない壁は、だが実際無いものではなく実際手を添えればひんやりと冷たい何かがあるのが分かる。俺は今回それに盛大にぶつけられ、壁が割れ、「約束覚えてるよね?」と楽しげな笑みで煽られそして今に至る。

 対面に座らされでっかいチョコレートパフェを着々と平らげていくこいつの先程まで見せていた獰猛さはすっかりとなりを潜めている。見れば見るほど普通で、何も取り柄もない典型的モブ。俺はこんな奴に負けたんかっていう苛立ちともう一つ別の感情を持ってこの女の前に座っていた。

 ――クソが。

 ひゃあ美味しいーなんて馬鹿面を下げたこのクソ女は俺のことをすっかりと、忘れている。いや知らないままっていうのが正しいんだろうがそれがムカつく。

『お前、個性まだなのか』
『んーそうだねえ、早く来ないかなあ。お父さんみたいな力持ちがいいなあ』

 こいつのことは小せえ頃から知っていた。だがこいつは俺のことを知らずに居た。忘れてやがった。学区の分かれ目だったんだろうが、学校が同じになったことはなかったもののこの女は俺の近所に住んでいたことを知っているのは俺側だけだったってことが苛立たしい。
 当時俺はよく公園でデクで遊んだりほかの連中とつるんでいたがいつもいつも羨ましげにこっちを見てるクソガキがいたことを俺は知っていた。

 名前は知らねえ。興味もなかった。

 男だったら連れ回してやったけど女なんてどうせすぐ泣くし親にチクるしめんどくせえってのがあって気にしたこともなかった。なのにあいつはいつも羨ましげにこっちを見るだけで何の行動も起こすことなく見続けて。…一番目立ってるはずの俺を、じゃなく公園で遊んでる人間全体を見ているのが気に食わなかった。目立ってんのはどう考えても俺だろうが。俺を見てんなら仲間に入れてやんのに。こいつだけ俺をすごいという目で見なかった。俺はいつも気になってた。クソババアは恋だの何だの笑っていたがそんなモンじゃねえ。ムカつく。俺があいつに思った感情はそれだけだったからだ。

 あいつ結局無個性だったらしいぜ。デクと一緒じゃねえか、使えねえ。

 そんな嘲りがあったのは確かだ。だからこそ俺はあの時のことをよく覚えている。突然チビのこいつが立ち上がったあの日のことを。いつも暗い顔してベンチに座ってたってのに満面の笑みを浮かべて。何だ、何があったんだ。俺はジャングルジムのてっぺんであいつを見ていた時だった。

『…おいでっ!』

 その言葉と同時に手が僅かな光を灯す。何かしでかす気だと、当然狙われるのはあいつを無視してきた俺達に違いないと俺は咄嗟に構える。
 が奴の視線は相変わらず俺じゃなくその他大勢の方に向きやがった。あいつの目がキラキラと輝き、俺はそれに目を奪われ、

 ──大惨事、大絶叫、大号泣。

 俺を除いた全員が突然泣き出し始めた。意味がわからなかったが俺はそこであいつが何かやらかしたのだとすぐに気付く。

 地獄はほんの数分。目の前に広がったその惨状に俺は呆然として周りを見渡し、そこで何が起こったか知る。いつも俺の後ろにいた奴は飛べなくなって地面に落ちてたし機嫌よく花を作っていた女はそれが消え去り泣き叫んでいる。突然のことにどこかへ逃げようとしても何かに阻まれているのか『助けて』『開けて!』『ここから出して!』と叫び始める。俺は意味が分からなくなってそのまま突っ立っていた。

『…なん、だよこれ』

 だってそうだろうが、俺からは何も見えやしねえ。しかしそこに居た奴らは全員突然個性が使えなくなっていた。思わず俺も手を確認したがジャングルジムに登っていた俺は別にそんなこともなくボッと爆発することを確認する。今となっては俺が特別だったんじゃなくこいつの範囲外にいただけなんだろう。

 事態を変えたのもまたそのクソ女だった。
 ふらりと傾ぐ身体。ぶっ倒れる前に胸ぐらを掴んで引き起こしたがその時には既に意識はなくほかのやつらがキャンキャン鳴く声だけが響き渡る結果となった。

 ――…。


「その個性、周りから相当嫌われただろ」
「んーん、1回小さなころにこっそり出したっきり。まあ当時お披露目してたら嫌われてただろうけどね、とりあえずその時はバレなかったから誰も知らないんじゃないのかなあ」
「…フン」
「え、興味ないのに聞いたの。それもしかして爆豪くんなりにわたしと仲良くしてくれようとする意思表示?」
「死ね」
「死ねは流石にひどい。わらう」

 確かにあの後、どうなったかという話はない。公園には化け物が出るって噂になってしばらく誰も来なかった。俺は、俺だけが知っていたから毎日行っていたが、こいつも来なくなった。そういや名前すら知らなかったと気付いたのはようやくその時だった。

 そのくせにガキの姿のこいつはいつも俺の中に居座り続けることになる。憂いの顔から、満面の笑み、それから絶望に暮れた顔。何が決定打だったのかわかんねえくせにずっとあって、……それで、今だ。流石に10年は経ってるしそこまで詳細に覚えてるわけでもなかったがこいつを、こいつの個性を聞いた時にあの時のモブだと確信した。
 だってのにこいつは何も覚えてねえ。一人で人形遊びしてたとか何の嘘だよ。てめえは輪に入りたくてずっと毎日ボッチしてただろうがクソ。

「ずっとここ来たかったんだよね、ありがとう」
「誰も居ねえんかよ」
「気軽に誘える子は居ないなあ。あ、友達いないって意味では爆豪くんと一緒かも」
「いるわ」
「え、嘘。それ絶対恐喝でしょう…?」

 懐きやがって。あの頃の思い出なんてないくせに、俺にビビることなく懐きやがって。俺にこんなことを言える女なんて何処を探したっていねえよ。それに苛立ってる理由なんて分かってんだ。こいつの中には俺がねえ。俺ばっかりっていうのがムカつくし、だからといってわざわざ教えてやるのも癪だ。今に見てろ脳筋女。

「ほら爆豪くんあーん」

 ……クソ女が! 甘すぎんだよボケ!
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