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 これは一応念のために言っておくけど彼のことが嫌いだとかそういう訳じゃない。好きか嫌いかの二択であればもちろん苦手な部類には入るけどそれはわたしに対しての何かという話ではなくその破綻した性格による他人への影響というものが理由にあげられる。だってそうでしょう、普通に考えて人の名前を呼びやしないし全てが自分を中心にして動いていると思っているような人と人間的な会話が期待できるはずもない。会話が成り立ったこと?うん、そんなにないんじゃないかな。
 だからといって戦いたくないということでもない。むしろわたしが彼との手合わせを最初に断ったのは面倒くさいだとか、負けたくないだかとか、はたまた個性を使っているところを見られたくないだとかそういうのではなく爆豪くんの為だったのだ。

 この世界は大多数の人間が個性を持っている。残り2割は無個性と呼ばれ、文字通り個性はない。個性を持っているか、持っていないか。その2分される中、確かにプロヒーローとして今後活躍していくのであれば色々なシチュエーションを想定するのは悪いことではない。いろんな地形、いろんな立ち位置。シミュレーションは良いことだと雄英高校では推進しているし授業でも取り組んでいる。それも分かる。
 だけど、『個性が使えなくなる場所』で『さらにそこで行動を制限される』といった想定は絶対とは言い切れないけどほとんど、有り得ないだろう。これに似通った個性を持っている人はわたしの周りではあまり居なかったし、それを持った敵と相対する可能性は限りなく低いし。それなら色んな個性を持っている人たちと戦って数をこなした方が有意義だとは思うんだけどね。なーんてとても上からだという自覚はあるけれど、だから戦っても彼のためにはならないと思うんだとわたしは判断した。
 だって爆豪勝己は個性ありきの爆豪勝己だ。だからこのハコの中、爆豪くんが個性なしで挑んでくれるのはわたしにとってはいい修行にもなるし有難いんだけどいずれ彼の本来の戦い方に支障が出そうな気もしないでもない。クセって言うのかな、やっぱりこの年になるまで鍛えてきたそれがわたしと戦うことによって変わったりする可能性だってあるのはわたしも分かるし気にする。爆豪くんはきっと気にしていないんだろうけど後で文句言われたって知らないんだからね。

「おら来いよ」
「…ほんっとアレだよね、この状況見ればヒーロー目指してるって全く思えないよね爆豪くん」
「っるせえ、なるわ!」

 こちらに対して中指突き立てて煽ってくるその姿はまるで敵。あんたほんとヒーロー科の、しかもわたし達が憧れたA組の人なんだよねと言いたくなるのも無理はないと思う。結局爆豪くんはわたしを何か便利な組手の相手ぐらいにしか思ってないんだろうけどさ。「来いつってんだろ」…はいはい、と。
 あれから1週間、彼は懲りることなくB組に通い続けていた。わたしもわたしで放課後になれば強制力カンストの彼が嫌でも迎えに来る(言葉ではそう表現するしかないけど基本的には強制連行だ)ので教室にやってくる前にこのトレーニングルームで待っているという奇妙な習慣が出来てしまった。ほら、まあ爆豪くんだしさ。教室のみんなを煽られて喧嘩になったらやっぱり困るし。いつものように体操服に着替えて待機しているわたしをまるで生贄のように見守る人も増えたしご愁傷様と肩を叩く人たちも出てきて少し知り合いが出来たかな。名前は相変わらず覚えられないままだけど。
 今日も今日とて準備運動して待つこと数分、堂々とした様子でポケットに手を突っ込んで登場した爆豪くんはいつもと変わりないご様子で。ちなみにどう先生たちに交渉したのか彼はいつもトレーニング室をひとつ借りられるようになっていた。これがA組の特権なのか何なのかはわからないけどこっちもこっちでラッキーぐらいしか思っていないしいつもありがたく受け入れている。

「ねえ爆豪くん」
「用意できたんか」
「…せっかちだねえ」

 わたしの個性は設置型な上に他の人間にも多大な影響を与えるものとして個性使用は特に先生の許可を得なければ基本的に使うことを許されていない。それと授業中には先生の許可のある範囲のみと固定されている。最初の個性を扱う授業なんて酷かったね、わたしが個性出した瞬間当然だけど誰も使えなくなるんだもん、あの時は特に大ブーイングだったっけ。絶対嫌われたかと思ったけど便利だねと評価されるだけに終えやっぱり雄英ってすごいなーと思ったわけで。
 ちなみに爆豪くんと言えば成績上位者というイメージが強いけどわたしはと言えばそうではない。個性が個性、相性というものがある。A組でももちろんあっただろうけど個性把握テストを受けた際には純粋な肉体強化でもないため順位でいうと下から数えた方が早く、勉強はクラスで1桁代をキープというガリ勉タイプに分類される。ただし対人…特に個人戦になれば上位に組み込むことも出来るっていう奇妙な成績を残しているというのが冷静に自分のことを解析した結果。特にド派手な個性でもなかったしあまり目立たない方だったという自覚はあったんだけど、まあそんなわたしでもここ最近自分でも強くなったなって思えるようになったのは爆豪くんのおかげでもある。そんなわけで感謝もありわたしはわたしなりに彼に好意的なんだけど、彼はきっとそんなことに気づくわけもなく今日もぶつくさと文句を言いながらわたしの前に立っている。

「ねえ爆豪くん、これ終わったらパフェ食べに行こ」
「行くわけねえだろ」
「あ、わたしが勝ったらでいいよ。もちろん奢ってあげる」

 いつもは放課後になれば真っ先に家へ帰り修行の日々だったけどもう少し高校生らしくした方がいいと言われたのは高校に入学が決まってからだったかな。サイドキックの娘として父さんの所属事務所では行くたびに可愛がってもらったけれど『雄英高校のヒーロー科の生徒』ともなれば今後少しは目立つようにもなるし将来を見据え、独立或いは違う事務所へ行くつもりであるのならあまり関わらない方がいいというのが事務所側で決まったこと。わたしもずいぶん甘えていた自覚はあるしこれには納得し、事務所へ行くことはなくなった。だけどそうなると少しだけ困ったことがある。一人での修行なんてできることはとても限られていること、それと、…これは両親も悩んでいたことなんだけど友達が全然いないことだ。

 2度も言いたくはないけどわたしは友達がいない。あの公園で個性を出してしまってから同世代の人間と話したことなんて殆どなく、流行なんてものを知ることもなく今まで来ているものでどう話していいのかがわからないのだ。
 まあこれに関してはまだ入学したばかりのことだし3年生になるまでに気心の知れた人ができたらいいかなっていうレベルで大して焦ってはいないんだけど、そう考えるとこの高校の中で1番話している人間といえばまさかのこの爆豪くんになるのだ。クラスメイトからすればそれこそすごいと笑われてしまったのだけどわたしもそれは同意する。というわけで興味を持ったことに対し気軽に誘える人間として選ばれるのも彼になるのも自然の道理。もちろん普通に誘ったところで断られることも嫌そうな顔をするのは想定済み。だけどここでしょげるわたしではない。そんな弱いメンタルを持っていたことなんて一度もない。
 なぜならば爆豪勝己という人間はとっても単純であることを知っているからである。例えば、

「あ、どうせ負けるから受けたくないって? 爆豪くんが勝ったらランチラッシュで何でも1ヶ月分奢ったげるよ。」
「…誰に口聞いてんだ。かかってこいやクソモブ!」

 BOMB!
 …わたしの前髪がちょっと焦げくさいような気がするけどどうか幻覚ならぬ幻嗅であってほしい。とにかく誘導には成功したと確信しフフ、と思わず笑う。本当に、単純なんだから。別にわたしの頭が良いだとかそういうつもりは全然ないんだけどこの人は煽り耐性をもう少しつけておいたほうがいいと思うんだよね。煽る方で言えばカンストしてるぐらい語彙力も素晴らしいし尊敬の域にまで達しているんだけど。

 まあ、それが最近知った彼の良いところの一つなんだよねと言ったところで皆は否定するだろうな。ともあれホラ余裕でしょ、何て分かりやすい。ポッと頬を赤らめる少女漫画みたいなデートのお誘いをするよりも遥かに簡単で、成功率は高い。青筋をピキピキ浮かせて早く来いと煽りに煽る彼に対ししてやったりとほくそ笑む。じゃあ今日も同じ範囲ね。ハコ作るねー。さ、こちらへどうぞ。勇み足の爆豪くんをハコの範囲へと連れ込んでよーいスタート!

「じゃあいくねー」
「3秒でノしてやる!」
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